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「北井のレベルアップは必然、まだ強くなりますよ」名伯楽・高木隆弘が明かす真実/独占インタビュー前編

アプリ限定 2024/04/29 (月) 18:00 96

今年に入って一段と飛躍する姿を見せている北井佑季。いわき平GI・日本選手権競輪開催前に賞金ランキング5位に位置しており、いよいよ“タイトルに近い男”としてファンの注目を集めている。昨年、北井にインタビューした際には「すべて厳しくしてくれた高木師匠のおかげです」と師匠・高木隆弘への感謝の言葉が絶えなかった。

また、ガールズグランプリ2021を制した高木真備氏もnetkeirin連載コラムで「高木さんがいなかったら達成できていない」との言葉を残している。弟子たち、あるいは指導を受けている選手たちが「高木さんは厳しい」という決まり文句とセットで語る言葉がある。「高木さんの言葉を心から信じられる」だ。これはどういうことなのか? タイトルホルダーかつ名伯楽・高木隆弘に会いに平塚競輪場へ行った。(取材・構成 netkeirin篠塚久)

朝からの練習を終えて西日が差す頃、取材に応じてくれた高木隆弘

ーー高木さん、今日はインタビューを受けていただきありがとうございます。

高木隆弘(以下:高木) いえいえ。それより、僕が名伯楽? 自分にそんなイメージがないですよ(笑)。インタビューの企画書を見たときに「オレでいいの?」って思っちゃった。

ーーすでにウィキペディアにだって書かれています。名伯楽と呼ばれることに対してどのような感想をお持ちでしょうか?

高木 とても光栄です。僕がやってきたことが評価されたり、みなさんに浸透したりの結果なのでね。やってきた甲斐があったなと思える。嬉しいことです。

ーー今日は育成や指導における考え方や師弟エピソードについても聞きたいのですが、今の時代の競輪について、高木隆弘の人物像について、など幅広くお話聞かせてください。

高木 わかりました。どんなことでも聞いてください。

複数のタイトル保持者として語る「GI制覇の前提条件」

GIを制覇するために必要なことはあるのか(撮影:北山宏一)

ーーはじめに、競輪祭新人王、全日本選抜、高松宮記念杯(2度制覇)のタイトルホルダーが思う「GI制覇に必要なもの」は何でしょうか?

高木 「絶対的な自信」だと思います。確信を持って競走に臨めているのかどうかで、結果が左右される気がします。GIともなれば、みなさん優勝を狙えるところまで来ている人たちばかりです。でも「本気で狙っている」のか「出場するために来た」のかみたいな部分に違いが生まれるんですよ。

ーー心の持ち方で違いが生まれる?

高木 優勝を獲りに行ける段階にいる人たちの中で「獲っていく人」と「獲らないで終わっちゃう人」の差を自分なりに考えたことがありました。勝ち上がりを進めて行けば、周囲は「絶対的な自信、確信」を持っている人ばかりです。みんながみんな、そのつもりで競輪場へ来ている。その中でも“ひときわの念の強さ”を心にとどめて、しっかりと行動に、競走にそれらを宿せる人が、やっぱり勝っていると思います。

ーーその絶対的な自信はどこから湧くものでしょうか?

高木 誰よりも何かを一生懸命やってきた、誰よりも練習してきたとか。やっぱりそういう「根拠になるもの」は大事ですよね。それらが自信になるわけだし、その自信が練習で磨いた能力を最大限、本番で発揮させる要因にもなる。

ーーやはり根拠は必要なものなのですね。

高木 そうですね。自信ってプロセスの中で作っていくものだと思います。GI制覇する・しないの話じゃないんですけど、例えば子どもの運動会の徒競走。自信を持ってチャレンジさせるのと、不安のままでは結果が全然違う。「できる、できる!今回はやれるぞ!」って一緒に練習したりしながら自信をつけるとうまく行ったりする。僕は子どもを育てるようになってから、本当に自信の大切さに気がつかされること多いですよ。

ーー持って生まれた才能は関係ないものでしょうか?

高木 関係ないと思いますよ。それこそ競輪は特に関係ないんじゃないかと思いますね。

ーー「競輪は特に関係ない」はなぜですか?

高木 持って生まれた体だけではなくて自転車を使うからです。パーツやセッティングや、フォームなどさまざまな要素が追加されます。工夫してカバーできる。どんなに素晴らしい体を持っていても自転車にパワーが伝えられなかったら意味がないでしょう?道具を使うということは「工夫できる」ということ。試行錯誤を根気強くやって、自分の走行スタイルに合うものを見つければいい。素質があるやつに素質がないやつが匹敵するための道が競輪にはあるんですよ。

自転車を使うことでフィジカルの境界線はなくなる(photo by shimajoe)

ーーよく『速いと強いはイコールではない』と聞きますが、それはどういうことでしょうか?

高木 競輪はセパレートコースを真っすぐに走るわけではありませんからね。コースもルールさえ守れば自由だし、場面場面で緩急もある。どんなに速くても、脚を使わされる競走になってしまえば、勝つことができません。速いと強いは全然違うと思います。筋力を上げればスピードは付くのかもしれないけど、それだけでレースが強くなるわけではないかな。

ーー今の時代の競輪、レーススタイルをどう感じていますか?

高木 機動型が有利で、追い込み選手は不利だと思います。昔と今で圧倒的にそこのバランスが違うところですね。追い込み選手でも多少の自力は打てないと勝負にならない感じがあります。後伸びしていく競走形態がやっぱり多くなっています。

ーーそれは選手のスタイルが変わったということでしょうか?

高木 それもあるのかもしれないけど、僕はルールじゃないかなと思います。走りの幅は制限されたし、ブロックひとつ挙げてもルールの中では「止めきれない」っていうんでしょうか。もっと持って行きたいけど持って行けないとかもっと締め込みたいけど、締め込めないとか。そういう流れを前提としたルールになっているので必然だと思いますけどね。

先読みしていた“2周突っ張り先行”の時代

弟子・北井佑季について(撮影:北山宏一)

ーー弟子の北井選手は突っ張り先行で2周行くスタイルを確立していますが、これは今の時代の競輪に合う走りとして師匠が教えたのでしょうか?

高木 いえ、少しニュアンスが違います。もうずっと前から“先読み”して想定していたんですよ。時代に順応した走りを教えたというよりも、すでに「こうなっていくだろう」と予測した先読みをした上でメニューを組んでいました。

ーー先読みですか…?

高木 北井がデビューしてからずっと一緒にマンツーマンでやっていますけど、「競輪はおそらくこういう流れになって、こういう競走形態になっていくだろうから、こういう練習をいち早く取り入れよう」ってやってきています。絶対にそうなるから、その時に一番になる状況を作るぞ!って。かなり前から今みたいな感じになることを狙い澄ましていましたよ。

ーー今、北井選手は完全に頭角を現して、昨年に比べて今年はもう一段階レベルアップしている印象です。この躍進は想定内だったということでしょうか。

高木 はい、もちろんです。後ろから押さえても絶対誰しもが突っ張るような競走スタイルが流行するっていうところの先読みですからね。それに対する効率の良い鍛え方、トレーニングを北井はずっとこなしてきているわけですから。踏める距離は徐々に伸びていくし、さらにダッシュも徐々に強化されていくのは当たり前です。昨年からのレベルアップは必然だと思います。

ーーすごいです。

高木 おそらく北井自身、もうそんなに苦しいと思って2周先行してないと思いますよ。こうすればいいんだろうなっていう冷静かつ当たり前のもとにやれていると思う。

ーー北井選手はタイトルを取れると思いますか?

高木 もちろん獲れると思います。先読みしている材料の中でも、強くなるために「今はあえてやっていない・やらせてない」こともあります。このまま成長を続けてくれるでしょうし、タイトルはあると思います。

ーーあえてやってない・やらせてないが気になります。

高木 今後楽しみにしていてください。まずは強い先行力が前提。長い距離をもがけることが前提、ということです。一流になるためには強くしていく順序があるんです。まずはツラいことからやった方が良くて、最初に「ラクに勝つ」を覚えてはいけない。

ーーまだまだ引き出しが増えていくということでしょうか?

高木 技術的な引き出し、戦法の幅は広くなっていくと思います。もっとも北井の吸収力次第な面もありますけどね。

ーーちなみに高木さんから見て北井選手の第一印象はどんな感じだったですか?ここまでの選手になると最初から思っていましたか?

高木 第一印象で「このくらいになる」とかはわからないし、何も思いませんでしたけど。「本当に僕には時間がないんです」という雰囲気が印象的でしたね。奥さんも子どももいる状況で、サッカーから転向して「競輪で生計を立てていきたい」って言ってるわけで。養成所試験も1回で受からなかったら僕は諦めます、とも言っていた。まさにカツカツの状態というか、最初に会った時から北井の気持ちはひしひしと伝わっていました。

ーー昨年netkeirinで北井選手にインタビューをしたのですが、「高木さんは一貫して厳しい人」だと話していました。最初のあいさつの時から「飯をいっぱい食べるように」と指導されたそうですね。「その時から今までずっと高木さんは厳しい」と楽しそうに話をしていました。

高木 そんなこともありましたね(笑)。僕も師匠に「とにかく食え」って言われてたんですよ。どんなに食っても太らないほど練習をやるんだけど、「養成所卒業するまでに20kg増やしてこい」って指導されてました。北井も最初会った時に体の線が細かったので、あいさつの段階で飯をたくさん食べるように、その場で指導開始しました(笑)。

ーーやはり一貫して厳しいですか?

高木 僕はそうは思ってませんけどね。でも自分のところに来てくれて「競輪で生計を立てたい」と言ってるわけなので、重く受け止めました。他人の人生を請け負うような感覚だから、自分のことより重いんです。練習の“量”だけでいうなら、僕の方がやっていましたが、僕は無駄な練習もやってきていた。北井には無駄な練習をすべて省いた「迅速に強くなるための超効率的なメニュー」を組みました。無駄の一切ない凝縮されたものです。その点は北井、ツラかったと思います(笑)。凝縮されているので(笑)。

ーー想像を絶するものがあります。

高木 でも北井は自転車未経験でしたしね。最初のころ発走機で怪我をしてしまったんですよ北井は。1度しか受験しないと決めているのに、準備期間が正味4か月くらいしかなかったんですよ。厳しくなるのは当然ってことで(笑)。

どんな人でも強くなれる、指導の秘訣は「情熱を絶やさないこと」

高木隆弘の“指導哲学”

ーー高木さんの中で「強くなる選手」はわかるものでしょうか?それとも誰が来たとしても「オレが強くしてやる」という感じなのでしょうか?

高木 僕の場合は後者ですかね。僕自身も努力して何としても強くしてあげたいし、責任を持ってやりたい。この選手は素質があって強くなるだろうから面倒を見よう、とかはありません。高木真備も最初からいいものは持っていたけど、そんなに強かったわけではないと思いますよ。

ーーそうなんですね。

高木 でも高木真備は信じてやり込んで、自分の目標達成に向けて尋常ではなくスイッチが入っていました。みんな僕のことを「厳しい厳しい」と言いますけど、一時期の真備ちゃんの厳しさはすごかったですよ。僕から「もう遅いし帰ろうよ」って提案したことだってあります(笑)。

ーー逸話ですね!

高木 最終的に本当に強い選手になりました。それこそ、北井が良いタイムで走れるようになってきた頃に真備ちゃんが追走する形でバンク練習をしてたんですが、2コーナーから綺麗に出て行ってましたからね(笑)。その頃の北井は当然今の北井の強さではないですが。それでも完成形になっていた真備ちゃんは驚くべき強さでした。グランプリを勝った時は本当に嬉しかったなあ。

ーー師匠としてグランプリのゴール線の真備さんを見たときどんな気持ちでしたか?

高木 「肩の荷が降りた」という感覚になりました。そして本当に自分のことよりも嬉しかったです。

高木真備氏のグランプリ優勝は「本当にイチバン!最高のレースでした」(photo by Kenji Onose)

ーー高木さんから見て、強くなる選手に「共通点」のようなものはありますか?

高木 僕が育成をしてて思うのは、「信用してくれる選手」というのはあるのかな、と思います。言葉をしっかり受け取って、その言葉を信じ切って練習に打ち込む選手。信じてやるのか半信半疑でやるのかで「成果」は変わります。これをやったら強くなると信じて頑張って、それで成果が出てくると、「またやっていきたい」にも変わるし、好循環が生まれます。だから質の高い練習をモチベーション高くやるから、どんどん強くなって行ける。

ーーなるほど。

高木 だから僕も信用してもらえるように真剣に強くなるメニューを組むし、教えられる側の情熱を絶やさないように心がけています。

ーー情熱を絶やさないように、とは。

高木 どうやったら自転車が進むのか、どうやったら強くなるのかを聞いてくるわけですから、絶対に「聞いてよかった・やってよかった」と思ってもらえるようなことを伝えたいじゃないですか。「なんだこんなもんか」と思われたくないです。それと同時に、結局はやる気を引き出してあげられるかどうか、がすべてだと思ってますから、僕の言葉や考え方を押し付けたり、可能性の芽を潰すような線をこちらから引くようなことはしません。

ーー師匠側にも哲学があり、情熱があるのですね。

高木 はい。競輪選手の育成も子育ても一緒だと思います。成長したいって願っている人の情熱を削がないこと、むしろ情熱をさらに燃やしてあげるくらいでいい。人は願えば何にだって成れますよ、なりたいようになれる。そのために必要な努力さえすれば。子どもや若い人たちは特に、ですよ。その人たちにどんな言葉をかけてどこまで信頼してもらえるか、これを日々考えています。

ーー師匠から見て、弟子はどのような存在なのでしょうか?

高木 “分身”です。厳密にいえば分身なんて言い過ぎかもわからないね(笑)。でも自分がやってきたことを惜しみなく後輩に伝えて、その後輩の走りを分析して最適な練習で鍛えて、それだけではなく今の競走形態・レーススタイルにおいてどう勝負するかを先読みしてアドバイスを送る。僕も人生を懸けてやっているし、家族に向ける感情と同じような色合いになってくるんです。同時に僕自身も弟子の勝ち負けを通じて挑戦しているということ。かけがえのない存在なんです。

弟子は家族のような存在であり、自分の“分身”と捉えて指導している(photo by Shimajoe)

 高木隆弘は「指導する相手の情熱を絶やさないこと」をコンセプトに育成をする情熱的な指導者だった。考えを押し付けず、個人個人の考えを尊重する。しかし、自身の指導が的を得ているとき「全面的に信じてくれ、オレが勝たせてやる!」という信念も持ち合わせている。弟子の存在については「人生を見るわけだから、家族と一緒ですよ」と楽しそうに笑っていた。一時代を築き、今も現役として戦い続けているタイトルホルダーはなぜ、選手育成にここまで本気になったのかーー。(後編に続く)

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