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育成の神髄は“信頼関係” 名伯楽・高木隆弘が抱く野望「神奈川からスター選手を輩出していく」/独占インタビュー後編

アプリ限定 2024/04/30 (火) 18:00 65

ガールズグランプリ2021を制した高木真備氏の師匠であり、北井佑季を見事にトップ選手へと鍛え上げた名伯楽・高木隆弘。前編ではGIタイトル獲得に必要なことや弟子について話をしてもらったが、後編となる今回は“高木隆弘自身”の人物像にフォーカスした内容になっている。出てくる“思い出エピソード”も“将来に向けての話”も濃厚。ぜひ最後までご覧ください。(取材・構成 netkeirin編集部 篠塚久)

弟子や後輩と練習している平塚競輪(photo by Kenji Onose)

“昭和の時代”と“令和の時代”について

ーーここまで高木さんの“師弟観”を聞いていて、高木さんの師匠・小門道夫さんの話も聞いてみたくなります。師匠は厳しかったですか?

高木隆弘(以下:高木) 厳しかったです。師匠だけじゃなくて兄弟子も厳しかったですよ。その流れで言えば僕なんて全然厳しくないですよ。いや、ホントに(笑)。

ーー何か印象的なエピソードはありますか?

高木 僕は自転車未経験の適性出身なんですが、一番最初に師匠に投げかけられた問いがあります。『適性組が技能組に追いつくためには何したらいいんだ?』って。その時に「人よりも段違いで自転車に乗る時間を確保すること」って話をしたんです。練習の“量”が必要になると思って。師匠も『そうだよ、慣れが違うもんな。量が必要になるよな?』と賛同してくれて、すごいメニューを組んでくれた。

ーー怖いです(笑)。

高木 とんでもないメニューでしたね。まず寝る時間が用意されていないスケジュールでしたから。当時はめちゃくちゃ自転車に乗りました。ハードな乗り込みを毎日続けて、とにかく量をこなすことに尽力しました。

ーー怖いもの見たさですが、具体的に“地獄の練習”はどのようなものがありましたか?

高木 朝の3時に自宅を出て、箱根の山の上まで行って帰ってくる朝練習がありました。練習そのものもキツいんですけど、それが一日の最初のメニューというのがツラい。帰ってきて通常練習がスタートする感じで。

ーー話の次元がヤバいです。

高木 いつだったか、朝3時に出発してたらやるべき練習が終わらないことがあったので、夜12時出発に切り替えたわけです。もう朝練でもなんでもない(笑)。それで夜間に一生懸命箱根の山を登って帰ってきました。それで仮眠をとっていたら激怒した師匠にたたき起こされました。「バカ野郎!お前、夜練習する体力余ってたんなら、もう1本今から行ってこい!」って(笑)。これは堪えましたね。

ーー壮絶な厳しさですね。

高木 でも当時ってこの手の厳しさは本当に多かったです。今風に言えば“昭和の時代”ですよね(笑)。僕は今の時代の選手たちに今の時代に適した指導を行っています。でも自分が鍛えてもらってた時代と大きく違いがありますね。

ーー“昭和の時代”の厳しさを身を持って知っている高木さんから見て、今やったらパワハラになるみたいなことはありましたか?

高木 そうですね。逆にパワハラにならないことを見つけるのが難しいくらいかな。“昭和”の中でも、さらにうちの道場は特殊でしたから。ここでは話せないことばかり(笑)。でもその時代のやり方があるし、僕はそのやり方で「小さな考えでいたらGIなんて獲れねえよな」と当時の厳しさに学んだことも多いです。上位のレースで戦うとき、ちゃんと強さに変えられた部分もありますね。

ーー競輪に限った話ではなく、今の令和時代はそれこそパワハラなどは考えられない時代になりました。その点で高木さんが感じる“弱体化したこと”などはありますか?

高木 いいえ、かな。今のところ当時の厳しいアレをやらなくなったから選手たちが弱くなったとかは感じたことありません。その時代のやり方の中で、その時代の選手たちが自分で自分を鍛えている。しっかりと進化できるように思います。だから僕の20代の頃のやり方も否定的に見ていないし、今の時代のやり方も否定的に見ていません。

今、新たな章を生きている感覚がある

指導者であり現役選手、葛藤もある(photo by shimajoe)

ーー「高木隆弘」という人物を見たとき、現役選手であり、後続の育成に熱を注ぐ指導者でもあります。この2つの顔は自分の中で違うものがありますか?

高木 そりゃそうですよ。現役選手としてなら自分が今のステージでどう走るのかも追求しています。昔は治りが早かった怪我も今では回復が遅い。そういう選手としての気持ちは育成とか指導とかとは別で持っていますね。それと指導をしていて歯がゆい時があるんですよ。もっと一緒に走ってバンクにおける技術的な指導をしたいことがありますが、20代の選手と来月55になる僕とでは難しい部分があります。

ーー師匠の立場で苦労はありますか?

高木 自分の練習時間と指導に充てる時間の確保です。この時間配分は葛藤の連続…。選手たちの練習を見て、レースを分析して、鍛えるメニューを組んで、セッティングを見てとやっているとあっという間に1日なんか終わっちゃいます。自分の練習もやりたいし、片手間で選手を指導するようなこともしたくない。僕を頼って聞きにきてくれているわけだから、僕も本気でやらなくちゃいけない。このあたりは苦労と言うよりも葛藤するものがありますね。

ーーその葛藤がある中でも育成に熱を注いでいます。原動力はどこにあるのですか?

高木 なんなんでしょうねえ。やっぱり僕に見て欲しいと言って来てくれる人に“テキトー”にはなれないんですよ。選手だったら競輪人生、アマチュアであれば競輪選手になるための人生。ここを背負っている感覚にはなっていますから。おのずと自分のことよりもしっかりと見なくちゃって気になるんです。

ーーそれでも練習グループの人数も増えれば、ご自身の時間確保も難しくなります。

高木 そうですね。でも僕の場合はデビューしてひたすらがむしゃらにやってG1を戦ってきた時期があって、その時期が過ぎたころに「競輪人生のシフトチェンジ」という感覚になったタイミングがあるんです。この時期は選手生活だけではなく、プライベートで家族のことや子育てにも変化があった。自然に新しい章をはじめられたと言うのかな。「自分のことだけをやろう」という意識も薄れて、競輪界のためになることをしようという意識も芽生えたんですよね。

ーー新しい章ですか。“自分のために”だけではなく、“人のために”も増えていくような。

高木 トークイベントなんかあると「オレの競輪人生は終わったようなもんです」とか言っちゃうんだけどね(笑)。育成に熱を注いで、自分のこともやる。このバランスが現役で選手生活を続けられている理由かもしれない。弟子や後輩、アマチュアの子に指導することで、いつまでも「原点」に触れている感覚があるんです。人に教えているようで自分が教えられてたり、忘れていたことを思い出すきっかけになったりしてるんです。

選手生活と人生において線を引くような「新章への移行」を感じたことがあるという(Photo by Shimajoe)

生身の人間が走っているのが競輪

ーーなるほど。高木さんが選手生活を続けている中で、同期や同年代の方も引退されていますよね。さみしい気持ちはあったりしますか?

高木 いや、つらいですよ。もちろんさみしい。有坂や三宅もやめちゃったし、同年代で切磋琢磨してきた選手が辞めていくと心にポッカリ穴が開いちゃいます。最近では出口眞浩が引退してしまった。一緒にGIを戦い、一緒に合宿を張って、共に戦って。出口と飯を食べに行ったんですけど、別れて帰り道でこみ上げてくるものがありました。涙なしには語れんですね。

4月11日付で引退となったタイトルホルダー出口眞浩

ーーそれでも高木さんは走っていますよね。デビューして頭角を現しGI戦線を戦い抜き、今はA級戦を怪我とも戦いながら走っています。

高木 競輪って面白いなあと思うんですよね。GIとかS級とかA級とか色々分かれているけど、どのステージも走ってて面白いです。どのステージにも何かドラマがあるし。競輪選手っていう人生を全部味わうためには「代謝争い」とかまでやるべきなのかなって気にもなってきますよ(笑)。あれはとても過酷なんだけど。

ーー高木さんはどのステージも体感なさっていますもんね。色々なステージで走り、育成に熱を注ぎ、高木さんから見ての「競輪の魅力」ってどんなところでしょうか?

高木 生身の人間が一生懸命にレースを走っているところです。生身の人間が人間離れしたスピードで走って戦うのは面白いと思いますし、S級、A級、チャレンジのどのステージでも素晴らしいレースがあります。レースには選手の性格や色々な背景もあるから、ファンの方にも深堀りしてもらえると思います。そういうのをひっくるめてファンの記憶に残るシーンがあると思います。ファンのみなさんも生身の人間だから。答えになってるかわからないけど、そんな感じのことを思いますね。

ーー「一流」というのも聞いてみたいです。高木さんが思う「一流」ってどういう選手でしょうか?

高木「誰しもができない芸当をいとも簡単にやってのけてしまう選手」かな。先行選手には先行選手の芸当、追い込み選手には追い込み選手の芸当があると思いますけど。僕の時代でくくると吉岡君なんかは長い距離をもがける選手で、「吉岡を意識してちょっと早く出ようものならオレが9着になっちゃうよな」って他の先行選手に植え付けてしまう走りに“圧”を持っていた。滝澤さんはどこから早駆けしようが逃げ切っちゃう。追い込みでいえば井上茂徳さんなんて、どんなスピードがない先行選手についてても、捲りを食い止めて絶対に残しちゃう。これらとんでもない芸当を“平然”と“簡単”にやっているから一流だと思います。

ーー平然と簡単に、ですか。

高木 そう。外から見てると「ああやればいいのか、わかったぞ」となっちゃうんですよ。あまりにも簡単にやってのけるから。実際やってみて、はじめてその走りのレベルの高さがわかるんです。一流はすごい芸当をできる人ってだけじゃなくて、“平然と簡単にやる人達”だと思います。

高木隆弘は夢に向かって

見つめる先に大きな目標がある

ーーインタビューは残す質問もあとわずかです。

高木 たくさん話しましたね。

ーー今回、光る指導力を持つ高木さんに“指導のコツ”を聞いてみたかったんです。netkeirinの読者の方には子育てをしている人や部下や後輩を育成しているであろう世代の人が数多くいるからです。どうでしょうか?

高木 “指導のコツ”はやっぱり信頼関係の構築だと思います。こっちが言ったことを相手が信じ切ってやってくれるかどうかが大事です。これは競輪だけではなく、僕自身が子育てしてても思います。ついつい「こら!」なんてやっちゃうんだけど。相手の目線に立って言葉をかけて、相手の成果になることを教えることが大事です。

ーー信頼関係の構築ですか。高木さんに練習を見てもらっている選手たちが「高木さんの言葉は信じ切ることができる」と話をしていることに繋がりますね。

高木 まさに目指しているところなので、ありがたいですね。それはさておき質問を返すようですけど、物事を教えたい後輩がダラダラしてたらどう思いますか?あるいは指示を出したのにできず、不貞腐れた態度を取られたらどう思いますか?

ーーダラダラされたり不貞腐れたりされたらイライラします。

高木 そうですか(笑)。僕はね、それも信頼関係を築く大切なプロセスだと思ってるんです。最近、とても強くなっている教え子がいるんですが、さらに絶対に強くなるメニューをやってもらっていた時のことです。その子がうまくできないときがあって、「もうできない!」って感情が出て、ムッとなっちゃたんですよ。

ーーなるほど。

高木 それでね、気持ちが落ち着いたのかこっちにきて「さっきの態度すみませんでした」って言うのよ。なんで?って返しましたよ。信頼してもらってるから感情をありのままに出してくれたとしか思わないって言ったんです。「ただの教えてくれる人、ただの先生」と思ってたらそうはならない。このあたりに指導のコツというか大切な芯がある気がしています。

ーー名伯楽の“指導のコツ”は深いです。言葉ではその通りだと思いましたが、実践がなかなか難しそうです(笑)。

高木 教える側が相手に「期待する態度」ってありますからね。簡単ではないですよ。でも「期待する態度」ではなかった時に、相手のことを尊重できるかどうかがポイントだと思います。相手を否定的に言葉の圧で言うことを聞かせようとするなら、それは教える側のスキル不足だと思います。特にやる気のない仕草だったりって、単に相手からの信号というかサインだったりしますし。

ーー勉強になります。

高木 まあこう言ってますけど、僕だって「こらー!」ってやっちゃってますけどね(笑)。頭の片隅に覚えておくくらいで良いと思いますよ。やっちゃった後に立ち止まれますから。

ーー今日は本当にありがとうございました。最後に高木さんの夢を聞かせていただき、ファンの方へのメッセージで締めてもらえますか?

高木 ありがとうございました。僕は今神奈川からスター選手を出したいと思っています。1人だけではなく、第2、第3とたくさんのスター選手を生んで、お客さんたちに夢や希望を与えられるような走りができる選手を育成して、お世話になった競輪界への恩返しになることをやっていきたいです。もう僕は選手としては頭打ちで、26歳で痛めたヘルニアは未だに痛むし、肋骨を折れば1か月で治してたものが、今では3か月でも完治しません。それでも、スター選手を育成するという目標に取り組んで、自分のできる限り現役を続けて頑張っていきます。恩返ししながら、精一杯走りながら引退していく、そんな風に考えています。競輪は生身の人間がやるもの。どうぞ色々な視点で深く考察して、レース観戦を楽しんでください。もっともっと進化していくと思いますので。

名伯楽・高木隆弘の挑戦はまだ序章に過ぎないのかもしれない

あとがき

 読者のみなさま、今回は特集企画「高木隆弘独占インタビュー」をご覧いただきありがとうございました。インタビューは当然話し手と聞き手にわかれるのですが、高木さんは「これってどう思う?僕はこう思うんですよ」と聞き手に対してもクエスチョンを投げかけながら話を進めてくれる人でした。

 自転車やトレーニングについて専門的に語る時には、立ち上がって実演しながら詳しく説明をしてくださり、“教える”というより“相手が理解するまで努力する”という姿が印象的です。多くの選手が「わかるまで徹底的に教えてくれる」と話す理由をインタビュー中に垣間見た気がしました。

 高木さんに言わせれば「才能なんて関係ない」とのこと。トップ選手の北井佑季選手をはじめ、まだ見ぬ未来の候補生を含め、「どんどん神奈川からスター選手を出す」と熱く語る高木さんと“高木チルドレン”の躍動を楽しみにしています。

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