アプリ限定 2024/04/22 (月) 12:00 50
競輪界では年に1回、新人がデビューする。半年に1回の時代もあったが、現在は男子70人程度、ガールズ20人程度が5月頃からルーキーシリーズを戦い、7月から本デビューとなる。新しい芽がどこまで伸びていくのか、心躍る季節だ。
とはいえ、競輪の世界は厳しい。本デビューから代謝制度の対象となり、3期1年半でのストレート代謝ということも少なくない。特にガールズケイリンは級班の別もなく、いきなり最上位の選手たちとの戦いにもなる。すぐに壁に当たってしまい、脚力的な能力はあっても、気持ちが続かないケースも生まれてしまう。
ケガや病気といったものもあるが、まずはスタートから気持ちを前向きに持っていけるか、が重要だ。最初の春をしっかり過ごさなければ、次の、本当の春はやってこないのが現実だ。それを訴えようと、心を鬼にしているある選手の姿を見た。
弥彦に桜が満開の美しい時に…。
加瀬加奈子(43歳・新潟=102期)はガールズ1期生として、ガールズケイリンを作ってきた1人。中でもガールズ1期のトップ選手として背負った責任は大きかった。“男道”を標榜し、先行でレースを動かしてきた。
ガールズケイリンは力差があり、単調な、動きのないレースになりがちだった。男子のそれとは違い、「レースが面白くない」と非難されることが予想され、事実、そういう声も少なくなかった。
加瀬はレース後、「今日のレースはどうでしたか」とよく聞いていた。自分の仕掛けのタイミングを考え、勝つことと面白いレースになることの両方を意識していた。そして、他の選手がそれに反応して、レースが面白くなっていかなければ…。はっきりと「ガールズケイリンは打ち切られますよ」というのがスタート地点だったのだ。
加瀬はガールズケイリンの歴史を背負っている。しかしもう43歳で、5月31日には44歳になる。選手生命どころか、その命すら危ぶまれたケガを乗り越えて、戦ってきた。なお、先行で…。
若手の選手に「今のままでは」と訴えているシーンがあった。「自分で何かやっていかないと」。シリーズで7着、7着、7着に終わることがあったとしても、そのレースの内容によっては、先々に数字が良くなっていくのが競輪の道。何もせずの7着ばかりでは、上がり目はないのが、競輪の歴史が証明している。
相手は強く、今はいい成績を残せなくとも、自分の持ち味を作り出し、少しでも食い込めるように勝負することこそが、次のステージに進める。
なかなかこうした思いを伝えることは、「昭和の負の遺産だ」とか「パワハラだ」といわれがちな時代になり、避ける人も増えた。何もしないことが、正義という時代になってきた。だが、加瀬は訴えた。目頭を熱くして、訴えていた。
弥彦では加瀬だけが40代で他の6人が20代というレースがあった。それでももちろん、先行したのは加瀬。2着だったが「走りは20代だったでしょ!」と息を弾ませていた。そこに、その姿に何かを感じてほしい。
ガールズケイリンがしっかり定着したからこそ、若者には見えづらいかもしれないが“責任”について向き合ってほしいと思った。加瀬や、先輩たちが背負ってきたものを少しでも学んで、苦しい戦いに挑んでほしい。制度的に本当に厳しい、難易度の高いものに向かうわけだが、ぶつかっていくしか道は残されていない。
そんな弥彦の最終日一般戦では、若手たちが「自分には何ができるんだ…」という戦いに真っ向から向かっていく姿もあった。苦しい道に沈んでいった選手たちも見てきた加瀬だからこそ、大切なものを、本当に大切にしようとしていた。
そんな時代じゃないから。
今はそんなことやってたら叩かれるだけ。
嫌われておしまい。
こうした言葉は、責任から逃げているだけだと思う。加瀬加奈子が、いや、当方と同い年で、いつも「尊敬する人」と公言している“加瀬ちゃん”が教えてくれた。
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前田睦生
Maeda Mutuo
鹿児島県生まれ。2006年東京スポーツ新聞社入社、競輪担当として幅広く取材。現場取材から得たニュース(テキスト/Youtube動画)を発信する傍ら、予想系番組やイベントに出演。頭髪は短くしているだけで、毛根は生きている。