閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【小田原城下町音頭杯 回顧】不可解な敗戦の“背景”にあったもの

2023/10/16 (月) 18:00 90

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小田原競輪場で開催された「施設整備等協賛競輪 小田原城下町音頭杯」を振り返ります。

(提供:チャリ・ロト)

2023年10月15日(日)小田原12R 施設整備等協賛競輪 小田原城下町音頭杯(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①北井佑季(119期=神奈川・33歳)
②河野通孝(88期=茨城・40歳)
③柴崎淳(91期=三重・37歳)
④大塚玲(89期=神奈川・42歳)
⑤宿口陽一(91期=埼玉・39歳)
⑥久田裕也(117期=徳島・24歳)
⑦大森慶一(88期=北海道・42歳)
⑧磯田旭(96期=栃木・33歳)

⑨山本伸一(101期=奈良・40歳)

【初手・並び】

←①④⑦(混成)⑤②⑧(関東)⑨(単騎)③(単騎)⑥(単騎)

【結果】

1着 ⑤宿口陽一
2着 ⑨山本伸一
3着 ⑦大森慶一

えてして混戦模様になる裏開催的なシリーズ

 10月15日には神奈川県の小田原競輪場で、小田原城下町音頭杯(GIII)の決勝戦が行われています。弥彦での寛仁親王牌(GI)直前というタイミングで開催されるシリーズですから、出場選手のレベルはかなり低め。普段は記念戦線で活躍できていない選手であっても、ここならば優勝や競輪祭の出場権ゲットを狙えますよね。それに、えてして混戦模様になるので、どの選手にもチャンスがあります。

 そんな「裏開催」的なこのシリーズにおいて、初日から大きな輝きを発揮したのが北井佑季選手(119期=神奈川・33歳)でした。異色のキャリアを持ち、競輪選手としてのデビューも非常に遅かった北井選手ですが、今年は随所で存在感を発揮。つい先日の向日町・平安賞(GIII)を力強く逃げ切ったのは、まだ記憶にも新しいですよね。このシリーズにおける“目玉”的な存在といえます。

 初日特選は、前受けからの突っ張り先行で別線を封殺。自身は粘りきれず3着という結果でしたが、番手を回った松坂洋平選手(89期=神奈川・41歳)が1着で、3番手についた大森慶一選手(88期=北海道・42歳)が2着と、ラインで上位を独占しました。そして二次予選と準決勝では、突っ張り先行から2周半を逃げ切って1着。圧倒的ともいえる内容で、決勝戦の大本命に推されました。

 これまでは“挑戦者”という立場でしたが、この決勝戦では地元・神奈川を背負って立ち、他地区を迎え撃つ立場となった北井選手。決勝戦でもラインの先頭を任され、その番手は大塚玲選手(89期=神奈川・42歳)が回ります。この神奈川コンビの後ろには、初日特選でも連係していた大森慶一選手(88期=北海道・42歳)がついて3車ラインに。大森選手は、デキのよさが目立っていた選手のひとりです。

北井選手と初日特選でも連係していた大森慶一選手(提供:チャリ・ロト)

 3車が勝ち上がった関東勢は、宿口陽一選手(91期=埼玉・39歳)が先頭を務めます。その番手を回るのは河野通孝選手(88期=茨城・40歳)で、ライン3番手を固めるのは磯田旭選手(96期=栃木・33歳)。宿口選手が先頭ですから、北井選手と主導権を争うような展開になるケースはほぼ考えられませんよね。こちらは中団からの捲りが主体で、あとは展開次第といったところでしょう。

 柴崎淳選手(91期=三重・37歳)、久田裕也選手(117期=徳島・24歳)、山本伸一選手(101期=奈良・40歳)の3名は、いずれも単騎での勝負を選択。いずれも「西」の選手なので連係するケースもありそうでしたが、そうはなりませんでしたね。単騎なので展開次第とはいえ、久田選手や山本選手はデキも上々。単騎の選手がヨコの動きによるライン分断を仕掛けてくる可能性もゼロではなく、侮れない側面があります。

北井選手に有利なライン構成になったが…

 北井選手の「逃げイチ」といえるメンバーで、自力のある選手が単騎となったのも北井選手に有利。北井選手が1番車となり、スタートダッシュの速い大森選手が連係することで、決勝戦でも前受けからの突っ張り先行が叶う確立が高まりました。最後の直線が短い小田原の333mバンクならば、積極的に主導権を奪っての逃げ切りが濃厚……と考えた人はかなり多かったことでしょう。

 それでは、決勝戦のレース回顧に入ります。スタートの号砲が鳴って、真っ先に飛び出していったのは7番車の大森選手。さすがのスタートダッシュで、これで北井選手が先頭の混成ラインは、青写真どおり前受けからレースを組み立てられます。その後ろのポジションに関東勢がつけて、7番手に山本選手。さらに柴崎選手、久田選手と、単騎の選手が後方に並ぶというのが、初手の位置取りです。

 初手の並びが決まってからは、動きがないままで周回が進みました。最後方の久田選手などが早めに動いてレースを動かすケースも考えられますが、北井選手に突っ張られるとわかっている以上、そういった選択肢は取りづらい。中団が取れている宿口選手も、自分から先に動くことはありませんよね。レース前に想定されていたとおり、その後も動きがないままで青板(残り3周)のバックを通過しました。

 北井選手は、青板周回の2センター手前で先頭誘導員を追い抜いて、そのまま自らが主導権を取ると主張。北井選手はスピードを上げつつ、過剰なほど何度も後方を振り返って、後方に位置する単騎の選手や、中団にいる宿口選手の動きを見定めます。しかし、誰も動き出さないままで赤板(残り2周)を通過。その後も北井選手は何度も、何度も振り返って後方の動きをうかがいますが、まだ誰も動きません。

赤板で振り返り後方の動きを確認する北井選手(提供:チャリ・ロト)

 結局、一列棒状で誰も動かないままでレースは打鐘を迎えます。ここで北井選手は後ろを振り返るのをやめて、打鐘後の2センターからは全力モードにシフト。さらにペースが上がって、最終ホームに帰ってきます。そして、ここでついに中団の宿口選手が始動。最終1センターから仕掛けて、前を捲りにいきました。まずは大森選手がブロックにいきますが、宿口選手はそれを乗り越え、前に襲いかかります。

 しかし、宿口選手の番手にいた河野選手は仕掛けについていけず、ライン3番手の磯田選手ともども、連係を外して離れてしまいました。この“機”を逃さずに動いて前との差を一気に詰めたのが、その後ろにいた山本選手。柴崎選手と久田選手もそれに連動して、前との差を詰めます。先頭集団では、外から捲りにいった宿口選手を、今度はライン番手の大塚選手が迎撃。しかし、宿口選手のスピードを受け止めきれません。

 大塚選手も乗り越えた宿口選手が2番手に上がって、レースは最終3コーナーへ。先頭では北井選手が踏ん張っていますが、勢いがいいのは宿口選手のほうです。後方から動いた山本選手は、宿口選手の直後まで進出。前を射程圏に入れて、最終2センターを回ります。ここで大塚選手は余力がなくなり、それを見越した大森選手が少し外に出して、前を差しにいく態勢を整えています。

 そしてレースは、短い最終直線へ。何とか最後まで踏ん張ろうとする北井選手を宿口選手が捉えて、直線の入り口で先頭に立ちました。その外から、直線の入り口で外に出して進路をこじ開けた大森選手と、宿口選手の後ろから伸びる山本選手が襲いかかります。さらにその外には、山本選手にスピードをもらっていい伸びをみせる柴崎選手や久田選手。ゴール前は、大きく横に広がっての接戦となりました。

 先頭でゴールラインを駆け抜けたのは、中団から捲りきった宿口選手。大接戦となった2着争いを制したのは山本選手で、3着に大森選手。後方から差を詰めた柴崎選手が4着で、5着も後方待機組の久田選手。人気の中心だった北井選手は、期待に応えられず6着という結果に終わっています。3連単は、なんと309,810円という大波乱に。いかに北井選手が人気を集めていたかが、この配当からもわかりますよね。

中団から捲りきった宿口選手が先頭でゴールラインを駆け抜けた(提供:チャリ・ロト)

北井選手が崩れた要因はなんだったのか

 北井選手が大きく崩れた背景にあったもの。その要因を現時点で「コレだ」と説明するのは難しいですね…。前述したように、大舞台で初めて“受けて立つ”側に回ったことや、地元で人気を背負うことのプレッシャーなどがマイナスに働いたのかもしれませんが、それにしても粘れていない。調子は間違いなくよかったと思うので、なおさら判然としないというか。

 事実としていえるのは、楽に主導権を「貰える」メンバー構成で、実際そのとおりの展開になったにもかかわらず、早い段階からスピードを上げて、自分に厳しいペースをつくり出してしまったこと。レース後、ライン3番手の大森選手が「北井君はちょっとオーバーペースだったのかな。久田君を警戒して(スピードを)上げていたと思うんですが…」とコメントしていましたよね。実際、そういった側面はあったでしょう。

 それは結果として、「中団をとって流れを見据えて動く」という選択をした宿口選手にとって有利に働いた。ブロックを乗り越えて伸びた中団からの捲りは力強いものでしたが、宿口選手のデキがそこまでいいとは感じませんでしたから、やはり展開が向いたというのが大きい。宿口選手自身も、優勝者インタビューで「早い段階から北井君が先行して、自分に流れが向きました」と語っていました。

 あとは、地元記念で自分の番手を走る大塚選手が、まだGIIIを勝っていないというのがあったのかも。「自分が勝てなくとも番手の大塚選手が勝てる」ような展開にしようと意識した結果が、あのペースメイクだった。しかし、大塚選手は北井選手のペースを追走するだけでもかなり脚を消耗しており、最後の直線では余力がなかった…といった結果だったのかもしれませんね。いずれにせよ、これらは私の推測に過ぎません。

 とはいえ、圧倒的な人気を集めた選手には、ファンの期待にキッチリ応えてみせるという“責務”がある。まだそれほど場数を踏んでいないとはいえ、この決勝戦での北井選手はそれに応えられなかった。そこは、しっかり反省する必要があるでしょう。彼が今後さらなる高みを目指すならば、プレッシャーに負けてなどいられないはず。それができて、競輪選手は初めて「一流」と呼ばれるのですから。

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票