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脇本雄太の競輪無双十三面待ち 〜そして伝説へ〜

リスクを背負っても結果が出ない…脇本雄太がキャリア最大の危機を迎えたあの頃

2022/08/08 (月) 12:00 55

脇本雄太は今や日本の競輪の王者であり、世界に名を知らしめた雄でもある。だが、そこまでの道のりは曲がりくねり、平坦でもなかった。苦しかった時、何を考えていたのか。また跡を継ぐ者たちへの言葉とは。そして控えるオールスターは「アイツの気持ち次第」とは、どういうことなのか。(取材・構成:netkeirin編集部)

もやもやしていた中で下した決断…

 2017年、がある。脇本雄太のGI初優勝は2018年8月いわき平のオールスターだが、その前年、がある。「苦しい時期、というのはいくつかあるんですけど、2018年に成績が出る前まで、そこですね」。2016年リオデジャネイロ五輪に出場した後、だ。

 2016年の10月にブノワ・ベトゥがコーチとしてナショナルチームの指揮を執ることになった。リオ後、どうするか…、もやもやした気持ちがあった中、ブノワに付いていこう、と決めた。

覚悟を決めブノワに付いていった(提供:日本自転車競技連盟)

「1年半、です」

 ブノワからはトレーニングの成果が出るまで、1年半、と言われた。競輪選手としての軸足を考えれば、ちょっと想定しづらい。長い。そして「新田(祐大)さんと同じトレーニングをしているのに、新田さんはGIを毎年のように取って活躍して、自分は2017年は全くダメで、なんでだろう」と、ずっと苦しかった。

「レースをやっては怒られて、納得できない部分もいくらでもあった」

 ただし、ブノワに付いていこう、そして「東京五輪までは頑張る、と決めていた」から、苦しい時期を乗り越えられたという。やるべきことは「日々のトレーニングの質を高めるしかない。1年半信じて」だった。

 2017年12月にチリで開催されたワールドカップのケイリンで金メダル獲得。矢口啓一郎以来、14年ぶりの快挙で「もどかしい」と振り返る一年は終わった。

 30歳を迎える少し前の時期。1年半という時間は「年齢が若ければ背負い切れると思います。ただ多くの競輪選手の場合、今の成績から落ちるリスクを背負えるか、といったら難しい面がありますね。自分は何とか背負い切ったつもりではいます」。競輪は目の前の競走の大事さがあまりに重く、先のことは明確にしづらい。

「開催が目の前にありますから、どう強くなるか、とかが漠然としているんですよね。それに、苦しい時を打開する仕方も人それぞれ。今もアドバイスをしたりはするけど、個人差がある」。

地元・福井に戻り心機一転の夏

 福井に拠点を戻し、弟子の面倒も見るようになった。「例えば岸田(剛)の場合は若いですし、リスクを背負ってでもこうした方がいい、と伝えています。こうしてくれ、と言ってどういう反応をするかを知ることで、また他の選手へのアドバイスの幅も広がる」と、岸田を育てながら、自身の世界を広げることにもつながっているという。

 地元に帰り「焦らず、今の環境でできることをやっています」というワッキー。「設備として完全に揃っているわけではないので、競輪場とか福井にあるもので、できる限りのことをやっています。ゆっくり考えながら、いろんな準備をしていきます」。懐かしい空気に触れているのかと思いきや…。

「懐かしさより心機一転、という感じですね。弟子の面倒を見ていると付きっ切りですし。それにコロナの影響で昔行っていたゲームセンターとかも行かなくなりましたから(笑)。室内でできるゲームをやっています。それで麻雀の方につながって…」。

 新しく8月からチャリロトのスポンサーロゴをユニフォームに付けることになった。チャリロトでは「麻雀プロ競輪部というのがあって、そこと連係してやりたいという話ですね。鈴木たろうプロと話す機会があったんですけど、深い話ができたんです」と笑顔を見せた。

「表情を読むプロなんですよ。打牌とかで判断する時に。競輪選手も動きの中で色んなことを判断するわけで、何気ない仕草で判断する、とか共通する感じがありました」

 今なお様々なものを吸収しているワッキー。7月にはとんだ災難?にも見舞われた。福井記念だ。「抽選はルールだから仕方ない。抽選をやる前に勝てる自信? 自信なんかまったくなかった(笑)。オレに引き運がないのはみんな知っている。博才がそもそもない!」と撃沈したが、友がいた。

「松浦(悠士)もね。俺達、哀愁漂ってましたよ。運も持ってないといけない、これも競輪…って、でも違くね!(笑)」

地元の福井記念では抽選に泣いた(撮影:島尻譲)

 抽選の結果、決勝に進めなかった脇本と松浦は最終日の敗者戦でしっかり1着で人気に応えた。心理面では「実際、気持ちを立て直すので精一杯。ウオームアップで、気持ちが入り切らないとか松浦とやり取りしたくらい」だったという。それでも「人気に表れているわけで、それに応えるのみ」と踏みとどまった。

最終日の一般戦は気持ちだけ走った(撮影:島尻譲)

 気象状況の変化なのか豪雨災害は全国的にも多くなり、福井では続いているということもある。競輪場が環境整備の一環として、こうした今の時代の災害に強くなることが求められている。競輪場を強くし、地域の災害に強くなることも、競輪の本来のあるべき姿だ。

 そして、抽選も…。「勝ち上がりのシステムでGIでも、7車立ての準決3つの3着のパターンも、前走着順、競走得点とかありますからね。選手はそれで判断されるならみんな納得だと思うのはあります」。時代は変遷するもので、それにそぐうルール整備もまた求められる。

パリ五輪を目指す後輩たちに完勝…「危機感を持って欲しい」

 競輪に没頭しながらの日々だったが、7月28〜31日に伊豆ベロドロームで開催された「ジャパントラックカップI・Ⅱ」にその姿があった。Iのケイリンでは優勝。日本代表から退いた立場で、現役選手たちに何を感じたかーー。

昨年の東京五輪以来となった競技。代表は引退したが後輩たちに力を示した(photo by Takenori Wako)

「ちょっと焦ってほしいな、と。現状、パリ五輪まであと2年。ボク自身、脚は落ちている状態だったから、いい勝負ができるか、ボロボロに負けるか、と思っていたんで。でも5月に離れた時と、みんなあまり変わっていなかった。何をやるべきかとか見えてないわけじゃないんでしょうけど、迷っている感じを受けましたね」。

 力自体は上がっているという。「ハロンのタイムなんかはオレと同じくらい。でも勝てない。技術不足と精神面の迷いがモロに出ている」結果だったと指摘する。落車事故も多発し「あれは技術。綺麗に走るという技術がない」。現状の問題点を「早くどうにかしないと、取り返しのつかないことになる」と危機感を抱く。10月には世界選手権もすぐにある。

 女子の佐藤水菜は、ワッキーの目にどう映っているのか。「みんなが思う常識がない。(山崎)賢人もちょっとそうなんですが、セオリーがない。ここで抑えて、とか普通にあるものが一切ない。意表を突くわけではないけど、思い切ってやれるのがいいですね」。世界選手権でのケイリン銀メダルの実績も積んでいるが、「そういうものに対してプレッシャーを感じてしまわず、とらわれずに走れたら」と期待している。

ワッキーと同じように競技と競輪を高いレベルで両立する佐藤水菜(撮影:島尻譲)

ライバルや近畿の仲間とのレースが楽しみなオールスター競輪

 常に話題満載のワッキー物語だが、今、目の前にあるのは西武園競輪場で行われるGI「第65回オールスター競輪」だ。無論、初日のドリームレース。「深谷(知広)の気持ち次第! お互い勝ち上がりを意識するか、先行勝負、となると昨年は負けてますし、アイツの気持ち次第!」。厳しい勝負を前にしてだが、なぜか表情は緩む。ライバルとの勝負。また揃いに揃った7人もいる究極のドリームレース。楽しみで仕方がないのだろう。

 真夏の6日間ナイターGIは「体力勝負。長期決戦ですからね。さすがに年で疲れが取れなくなっていると感じもするけど、そこは気合でカバー!」。また頭の片隅にあるのは「ダービーを勝ったのに、賞金ランキングで古性(優作)に負けてるんですよね。まあGI2個取っているからすごいんですけど」と、仲間であっても負けたくない意地っぱり。

「オールスターまで、福井もメチャクチャ暑いけど、暑いからといってトレーニングの質は落とせない。調整も入れつつ、戦える状態で行きますよ。近畿は僕と古性の2人が頑張っている感じですけど、また他のみんなにも、と思ってます。個性がすごい選手がたくさんいますから。えっ、(三谷)竜生が『普通に先行してくれたら抜く』と言ってる? まあまあ、でも最近抜かれてないと思うけどな…。フフっ、でもそれくらいの気持ちでいてくれないと!!」

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脇本雄太

Yuta Wakimoto

脇本雄太(わきもとゆうた)。1989年福井県福井市生まれ、日本競輪学校94期卒。競輪では特別競輪9勝、20年最優秀選手賞を受賞。自転車競技ではリオ、東京と2度オリンピック出場、20年世界選手権銀メダル獲得。ナショナルチームで鍛えられた世界レベルの脚力とメンタルは競輪ファンからの信頼も厚く、他の競輪選手たちに大きな刺激を与えている。プライベートではゲーム・コーヒー・麻雀など多彩な趣味の持ち主。愛称は”ワッキー”。

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