2025/11/25 (火) 18:00 46
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小倉競輪場で開催された「朝日新聞社杯 競輪祭」を振り返ります。
2025年11月24日(月)小倉12R 第67回朝日新聞社杯 競輪祭(GI・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①古性優作(100期=大阪・34歳)
②荒井崇博(82期=長崎・47歳)
③松井宏佑(113期=神奈川・33歳)
④山田久徳(93期=京都・38歳)
⑤吉田拓矢(107期=茨城・30歳)
⑥阿部拓真(107期=宮城・35歳)
⑦山田英明(89期=佐賀・42歳)
⑧渡部幸訓(89期=福島・42歳)
⑨松本貴治(111期=愛媛・31歳)
【初手・並び】
←⑨②(混成)⑤⑥(混成)①④(近畿)③⑧(混成)⑦(単騎)
【結果】
1着 ⑥阿部拓真
2着 ②荒井崇博
3着 ③松井宏佑
平塚・KEIRINグランプリ2025の出場メンバーが決まる日が、とうとうやってきました。11月24日には福岡県の小倉競輪場で、競輪祭(GI)の決勝戦が行われています。早い段階で発表されていたように、S級S班の脇本雄太選手(94期=福井・36歳)は、前橋・寬仁親王牌(GI)での怪我により欠場。かなりの重傷であるようで、KEIRINグランプリまでに状態をどこまで戻せるのか、気がかりですね。
今年は現S級S班でKEIRINグランプリ出場を決めている選手が少なく、また賞金による出場権争いもおおいに注目されるところ。準優勝でも2,500万円以上の賞金が加算できますから、ここまでの獲得賞金が7,500万円前後あれば、獲得賞金による出場が狙えるという状況でした。松本貴治選手(111期=愛媛・31歳)や深谷知広選手(96期=静岡・35歳)などは、とくに踏ん張りどころだったわけです。
また、獲得賞金による出場が狙えない選手も、ここは当然ながら優勝での権利獲得を狙ってくる。S級S班からの陥落がかかる、岩本俊介選手(94期=千葉・41歳)や松浦悠士選手(98期=広島・35歳)、清水裕友選手(105期=山口・31歳)、新山響平選手(107期=青森・32歳)、犬伏湧也選手(119期=徳島・30歳)にとって、ここは文字通りの“正念場”といえるでしょう。
そんなシリーズだけあって、今年も競輪祭では初日から激しいバトルが繰り広げられました。岩本選手と清水選手は残念ながら予選を勝ち抜けず、この時点でS級S班からの陥落が確定。獲得賞金ランキングの上位だった深谷選手も、二次予選で敗れて、決勝戦の結果待ちという状況となります。波乱決着となったレースが非常に多く、ファンにとっても一筋縄ではいかないシリーズになりましたね。
そして準決勝では、現S級S班が大苦戦。S級S班が2名ずつ準決勝を走ったわけですが、決勝戦まで駒を進めたのは古性優作選手(100期=大阪・34歳)のみで、そのほかの5名はすべて敗退しました。また、獲得賞金ランキング上位につけていた南修二選手(88期=大阪・44歳)も、ここで敗退。決勝戦のメンバーが決まり、KEIRINグランプリ出場権を決める条件も、おおむね確定します。
決勝戦は、ラインが4つに単騎が1名というコマ切れ戦。しかも、同地区での連係が叶ったのは近畿勢だけで、そのほかの3ラインは混成ラインです。まずは近畿勢ですが、こちらは古性選手が先頭で、番手が山田久徳選手(93期=京都・38歳)。だいぶ復調してきた古性選手ですが、ここも立ち回りの巧さで勝ち上がったという印象で、タテ脚の破壊力はまだ戻りきっていないと感じました。
デキのよさが光っていた松本選手はここも自力勝負で、荒井崇博選手(82期=長崎・47歳)と連係します。松本選手は準優勝、つまり2着以内に入れば、KEIRINグランプリ出場が確定する状況。力が入って当然で、どういった走りで勝負してくるかに注目が集まります。吉田拓矢選手(107期=茨城・30歳)は、同期の阿部拓真選手(107期=宮城・35歳)と即席コンビを結成。阿部選手は素晴らしいデキで、それを生かしてのGI初優出ですね。
松井宏佑選手(113期=神奈川・33歳)は、北日本の渡部幸訓瀬選手(89期=福島・42歳)と連係。松井選手も松本選手と同様に、準優勝でも深谷選手の賞金を上回り、KEIRINグランプリ出場が狙える状況です。地元・平塚でのKEIRINグランプリ、出場したいに決まっていますよね。そして、唯一の単騎勝負が山田英明選手(89期=佐賀・42歳)。こちらもデキは上々で、この混戦ならばチャンスは十分ありそうです。
誰も「積極的に逃げたくない」と考えるであろうメンバー構成であるため、展開が非常に読みづらい。それは実際に走っている選手も同じで、レースの“戦略”を立てるのはきわめて難しかったでしょうね。最もアテになるのは古性選手ですが、前述したように復調途上であり、本当にいい頃のデキにはありません。初手から目が離せない、大混戦が必至の決勝戦だったといえます。
ではそろそろ、決勝戦の回顧に入りましょう。レース開始を告げる号砲と同時に飛び出したのは、2番車の荒井選手と6番車の阿部選手でした。ここは内の荒井選手がスタートを取って、前に松本選手を迎え入れます。その直後の3番手に、吉田選手が先頭の同期コンビ。古性選手は5番手からで、松井選手は7番手からの後ろ攻め。そして最後方に単騎の山田英明選手というのが、初手の並びです。
レースが動き出したのは、青板(残り3周)周回の3コーナーから。後方の松井選手が外から位置を上げて、それに単騎の山田英明選手も連動。さらに、古性選手が先頭の近畿勢もこの後ろに切り替えて、内の4車と外の5車という隊列で赤板(残り2周)掲示を迎えます。先頭の松本選手は突っ張らず、松井選手がこれを斬って先頭に。続いて古性選手が前を斬り、山田英明選手はその後ろに切り替えます。
バックストレッチに進入したところで「順番」が回ってきた吉田選手が動いて、先頭の古性選手を斬りにいきます。吉田選手が古性選手を斬ったところでレースは打鐘を迎えますが、ここで後方から一気にカマシたのが、松本選手でした。このタイミングでのカマシは、それすなわち「主導権を奪って逃げる」ということ。この松本選手の思いきった動きに、私は正直なところ度胆を抜かれました。
時を同じくして、近畿勢の直後につけていた山田英明選手が、意識が外に向いた山田久徳選手の隙をつき、その内をすくって古性選手の番手を奪取。ポジションを奪われた山田久徳選手は、山田英明選手の後ろにつけます。後方からカマシて前を叩きにいった松本選手は、打鐘後の2センターで先頭の吉田選手に並び、最終ホーム手前で出切って先頭に。隊列がほぼ初手の並びに戻って、最終ホームに帰ってきます。
一列棒状で最終1センターを回り、バックストレッチに進入したところで、5番手の古性選手が前を捲りにいきます。しかし、松本選手の逃げはかかっており、なかなか前との差を詰めることができません。最終バック手前で3番手の吉田選手も仕掛け、外からジリジリと差を詰めますが、荒井選手は外に動いてこれをブロック。そしてそのまま前に踏み込み、松本選手の番手から発進します。
先頭の松本選手も粘っており、内から松本選手、荒井選手、吉田選手が並んで最終3コーナーへ。吉田選手の番手にいた阿部選手は、外から迫ってきた古性選手にブロックされて、いったん内に進路を取ります。その後ろは山田英明選手と山田久徳選手で、後方に置かれた松井選手はいまだ8番手のまま。阿部選手はその後に荒井選手の直後にシフトし、空いた最内に山田英明選手が突っ込みました。
最終2センターでは後方の松井選手も一気に差を詰めてきて、ギュッと密集した状況に。松井選手は外を回り、最後方にいた渡部選手は最短距離を狙って、最内に突っ込んでいきます。先頭で粘る松本選手の外から荒井選手が迫り、少し前に出た状態で最終2センターを通過。中団から捲りにいった吉田選手と古性選手は伸びを欠き、その番手にいた山田英明選手と阿部選手が、荒井選手の直後から忍び寄ります。
荒井選手がハッキリと松本選手の前に出て、最後の直線へ。最内を突いた渡部選手が山田英明選手の内まで急接近しますが、前にも外にも進路がない。その外の山田英明選手も、進路がなく詰まっています。大外をブン回した松井選手は、イエローラインよりも外から前を強襲するも、ほぼ最後尾という厳しい状況。これは荒井選手が念願の初タイトル奪取か…という態勢で、最後の直線での攻防に突入しました。
ここで、最内を突いた渡部選手が落車するアクシデント。しかし、幸い誰も巻き込まれることはなく、荒井選手が先頭のままで30m線を迎えます。そこに外からジリジリと迫ってきたのが阿部選手。山田英明選手は進路が開かないままで、そこに外から山田久徳選手と松井選手が、いい脚で伸びてきました。ゴール直前、阿部選手が先頭の荒井選手に並び、最後はハンドル投げ勝負となります。
そして…勝利の女神は、阿部選手に微笑みました。GIIIでの優勝もない阿部選手が、見事なジャイアントキリングで荒井選手との接戦をモノにして、GI初優出にして初優勝という快挙を成し遂げます。僅差の2着が荒井選手で、最後に大外からよく伸びた松井選手が3着という結果。3連単はなんと「最低人気」の504番人気で、配当は35万990円。最後の最後まで、波乱続きの競輪祭でしたね。
念願のビッグにあと一歩が届かなかったのが2着の荒井選手で、心の底から悔しかったというのは、レース後コメントからも伝わってきましたね。同様に3着の松井選手も、KEIRINグランプリ出場にギリギリ届かずという結果で、実際はコメント以上に悔しかったはず。あの位置から最後、よく3着まで突っ込んできましたよ。あとは山田英明選手も、前さえ開いてくれれば…という悔しさが残るレースだったと思います。
そして、何より驚かされた松本選手の走りについて。これを自分のなかでどのように消化すればいいのか、いまだにわかりかねている部分があります。レース後コメントにあったように「自分の順番だったから仕掛けた」というのは、理屈としてはわかるんですよ。あそこで動かねば、後方に置かれてしまう。自身のデキも最高に近い。とはいえ、あそこでのカマシはあまりに“潔い”と感じてしまったんですよね。
連係していたのが、例えば小倉竜二選手(77期=徳島・49歳)であったならば、まだわかります。しかし実際には他地区の荒井選手との連係で、それならば私であれば、自分のKEIRINグランプリ出場を優先した立ち回りをする。あそこからの仕掛けで押し切れるだけの自信があった…ということなのかもしれませんが、それにしても強気すぎる。S級S班に格付けされるメリットを考えると、信じられないといっても過言ではないです。
とはいえ、これは「良い悪い」の話ではない。松本選手はとにかくベストを尽くそうとしただけで、ほかには何も考えていなかったのかもしれません。潔く勝負にいって、それで敗れたならば仕方がない…と、思いっきり駆けた。私にはできないことで、これはいわば、競輪選手としての価値観の相違なのかもしれませんね。でも本当に、心の底から、私はこの走りに驚かされたのです。
最高のデキと同期の絆、そして“運”にも恵まれてタイトルホルダーとなった阿部選手。彼が年末の大舞台で、どのような走りをみせてくれるのか楽しみです。これでKEIRINグランプリ出場選手は決定しましたが、ここから早くも来年の大舞台を見据えた戦いがスタートします。残念ながらS級S班からの陥落が決まった実力者たちも、挽回を期して奮闘するのみ。さらなるアツい激闘を期待したいですね!
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。
