2025/11/18 (火) 18:00 11
日刊スポーツ・松井律記者による競輪コラム『競輪・耳をすませば』。10代の頃から競輪の魅力に惹かれ、今も現場の最前線で活躍中のベテラン記者が、自由気ままに綴る連載コラムです。
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ケガがなければ最高の仕事。
競輪選手という職業は、こう言われることが多いが、どうしてもケガが付きまとう。
時速60キロで身体をぶつけ合うレースはもちろんのこと、練習にも危険は潜んでいて、街道練習中に不慮の事故にあう選手もいる。
先月のG1寛仁親王牌では優勝候補の脇本雄太がローラー練習中に転倒。肘を骨折する重傷を負ってしまった。競輪祭への欠場が発表されたが、グランプリには元気な姿で戻ってもらえるよう回復を祈るしかない。
脇本のケガはウォーミングアップ中の出来事だったため、準決勝を当日欠場することになった。二次予選では、前日落車している松浦悠士の当日欠場もあった。これだけの大駒が欠場したにもかかわらず、レースは欠場者を抜きにしれっと行われた。
競輪の競技性を考えれば、松浦入りの9車と、松浦抜きの8車ではまるで別物なので、予想もゼロからやり直しになる。
新山響平ー佐藤慎太郎ー大槻寛徳
河端朋之ー松浦悠士
青野将大ー佐々木龍
荒井崇博※単騎
山田英明※単騎
この組み合わせなら、新山、青野だけでなく、河端のカマシ先行も頭に入れて予想をする。SS班の松浦に任された以上、河端は隙あらば前に出ようとするだろうと読むのが自然だ。
ところが、松浦不在で単騎になった河端なら、99%自分だけが届けばいいまくりの予想になる。実際はそれぞれ単騎で走ったものの、荒井や山田が河端に付いた可能性もあった。前者と後者では買い目が変わるのは間違いない。
前の段階で予想して買った前売り車券は、欠場者の絡む車券のみが無効、返還となり、他は有効投票として処理される。ここに改善を求めたい。
過去には吉田拓矢や、浅井康太の当日欠場にあたり、混乱を避けてレースそのものを中止し、全返還したケースもあった。施行者にとって売り上げ的には大打撃だが、これは競技性を理解した上での英断だったと思う。
だからといって、当日欠場→即中止を求めている訳ではない。当日欠場が決まった時点でいったん前売り車券を返還し、改めて買い直せるようにならないか?というのが希望である。
これには各所の都合もあるだろうし、システムの改良に多額の投資が必要なのだろう。脇本のケースだと、直前にギリギリの判断を強いられたのだから難しかったと思う。ただ、お客さんは常にかぶり付きで見ていられる訳ではない。当日に商品が変わってしまうのは、仕事前に前売りを買ってくれるお客さんにとって寝耳に水の話。車券で興行が成り立っている以上は、お客様ファーストで考えて欲しい。
脇本は不在になったが、いよいよ今年最後のG1競輪祭で、グランプリ出場メンバーが出揃う。寺崎浩平、嘉永泰斗の初出場が決まり、顔ぶれは少し目新しくなる。ベテランだって黙ってはいない。今年は南修二がかなり初出場の有力な位置にいる。
この10年は、アラフォー選手のグランプリ返り咲きや初出場が話題になってきた。佐藤慎太郎、和田健太郎のサプライズVには度肝を抜かれたし、最後の最後まで出場権を争った桑原大志や岩本俊介のドラマは見応えがあった。その中でも桑原がグランプリに乗るまでの経緯は忘れられない。
2017年当時、自力型のプロテクターをしない選手が徐々に増えていた。コケたら大ケガになるのではないかと見ていてヒヤヒヤしていたものだ。それでも、まだマーク屋の大半は頑丈なプロテクターをユニフォームの下に着けるのが当たり前だった。
5月京王閣ダービーの準決勝。桑原は深谷知広ー浅井康太の3番手から3着に流れ込み、41歳で初めてG1決勝の切符をつかんだ。すると、決勝で成長著しい三谷竜生の番手を回れる千載一遇のチャンスが巡ってきたのだ。
準決勝の桑原は、緑のユニフォーム越しにはっきりとプロテクターのシルエットがあった。しかし、決勝で発走機についた桑原の上半身を見ると、それは消えていた。
この男は死んでもいい覚悟でこの場にいる。
そう思った瞬間、髪の毛が逆立つようなゾワゾワした感覚に襲われた。
タイトルを狙えるチャンスはこれが最初で最後かもしれない。三谷のスピードに付け切るか、ちぎれるかは紙一重。付いていくためには抵抗を最小限に抑えたい。この大一番に臨む桑原が出した決断は、プロテクターを外すことだったのだ。
その結果、三谷が初タイトルを獲得し、食らいついた桑原は2着で表彰台に上った。ダービーの2着は、他のG1優勝と同等の賞金が手に入る。グランプリ出場への道が一気に開けた。桑原は命懸けの勝負に勝った。
それでも、グランプリの出場権争いは最後までもつれた。桑原は賞金の大幅な上積みを期待した11月の地元防府記念で決勝進出に失敗。しかし、競輪祭の最終日は特別優秀戦に留まり、薄氷を踏む思いで出場権をつかんだ。桑原は選手人生で最も長い1ヶ月を乗り越えた。
今年の競輪祭はどんなドラマが繰り広げられるのか。現場でその空気を味わえることが、楽しみで仕方がない。
松井律
Ritsu Matsui
松井 律(マツイ リツ) 記者歴30年超、日刊スポーツのベテラン競輪記者。ギャンプル歴は麻雀、パチンコ、競馬と一通りを網羅。競輪には10代の頃に興味を持ち始め、知れば知るほどその魅力に惹かれていった…。そのまま競輪の“沼”に引き摺り込まれ、今日も現場の最前線で活躍している。
