2025/10/18 (土) 18:00 21
全国300万人の慎太郎ファン、そしてnetkeirin読者のみなさん、佐藤慎太郎です。少し前の話題だが、自身の“決意と覚悟”を「ワークライフバランスという言葉を捨てます」と表現した政治家に対して、違和感を覚えた人もいたようだね。「働きまくることを美徳とする時代じゃない」といった論調を目にして、少し寂しく思ったよ。
オレは“国を発展させていく先生方”が「仕事も生活もバランス良く政治やっていきますね」だったら、その方が不安になるけどな! ちなみにオレは選手生活の中で「ワークライフバランス」といった考えを持ったことがない(笑)。デビューしてからずっと練習、食事、睡眠ーー。全部がワークだよ! ガハハ!
さて、またしても政治コラムを展開しそうになってしまったが、競輪選手のオレは競輪の話をしようと思う。ここのところ欠場が続いてしまったので、レースの振り返りもない。ここらで読者さんによく聞かれることをネタにさせてもらい、あれやこれや書き殴ることにしようか。最初のネタは「なぜ佐藤慎太郎は走っているのか、なぜ鍛え続けているのか」へのアンサーだ。
まずパッと思いつくのは「勝利のため」だ。勝負の世界で生きるオレにとって、「勝利」には特別な価値がある。勝利によって賞金も決定するし、自分自身の格付けも決定する。実にシビアな世界だ。競輪選手は職業だから“稼ぐ”という目的は自然。ただやっぱり「勝つため」という表現が一番しっくりくる。プロフェッショナルでいる以上は「勝利」が最大価値になるのだろうな。
もちろん応援を届けてくれるファンのために、という考えも気持ちのド真ん中にあるが、どんな姿を見てもらいたいかと考えれば、勝利する姿だ。
オレの場合、勝利という言葉にはいろいろな基準がある。駆け出しだった20代の頃と40代の今では基準も意味合いも違ってきている。今現在は「確定板を逃さず勝ち上がりを決めること」が自分にとっての勝利の基準だ。
選手生活を振り返れば1着だけを勝利と定義していた時代もあるし、追い込み屋の役割を全うしての2着に1着よりも高い価値を感じていた時代もある。なぜ自分は走っているのかーー。勝つために走っている。そして、今は確定板を逃さぬことがオレの定義する勝利だ。GI前につき、改めて脳味噌と筋肉に刻み込んでおこう。
一方で負けはどうだろうな。競輪に限らず勝負の世界では大抵(勝利よりも)敗北の場面が多い。野球では3割打てば好打者だ。7割は凡退しているって具合だろう。どんなに絶好調でも勝てないことだってあるし、結果に一喜一憂しないことも大切だ。敗北に学ぶ、というのは非常に重要な考え方で、次に結果を出すためには最高の材料にもなる。
ただ、これがなかなか難しい。正直に言えば、「負けた理由を探して改善策を見つける」ってのは、負けたときの猛烈な悔しさから逃れるための自己防衛だったりもするんだよな。とにもかくにも負けず嫌いの人種が集まる競輪の世界で、オレも多分に漏れず、重度の負けず嫌いだ。防衛しなきゃ精神がイカレちまうよ(笑)。
しかも負けず嫌いが発動するのはレースだけではない。最近、バンク練習するときに仲間と走る順番をジャンケンで決めているのだが、なんと6連敗した。ハラワタが煮えくり返る展開だ。たかがジャンケンでも悔しくて仕方がない。だから、負けた理由を探るってわけよ。するといろいろ気づきもある。
連敗の悪い流れの中でジャンケンをすると、オレは力が入ってしまってグーを出すことが多い。そのことに気づくと勝負を客観視できる。冷静に相手の心理を読み、「これ、チョキ出した方がよさそうだな」と自分をコントロールできるようになる(これが功を奏して、連敗脱出にも繋がった)。
ちなみに、全国の負けず嫌い達にオレの持論を展開したい。何かで負けたとき、悔しい気持ちや反省する気持ちとは手短に別れた方がいい。引きずらないことが大事で、結果に目線を当て続けるのは得策じゃない。結果だけにフォーカスして悔しがっていると心を折る原因にもなっちまうしよ。“瞬時に忘れる”くらいの勢いでもいいと思う。
負けず嫌いの性格って、間違いなく成長に追い風を吹かせる性格だ。だが、結果に感情の波風を立て過ぎるとマズイことばかり起きるんだよ(笑)。オレはそれをよく知っている。
ゴルフでも麻雀でもあるよね。負けず嫌いの人間って負けるかもしれない気配を察知すると“普段やらないこと”をやって一発逆転の博打ムーブを取って自滅することがある。「このホールは大事だぞ、まずは一打目で飛距離を出しておかないと…」とドライバーをぶん回してボールが視界から消えちまったり、「ここで素早く大きな役をアガらなくては…」と危険牌をバシバシ切って地獄を見たり。
自分から勝利の女神を突き飛ばしちまう性格でもあるんだよな。
そうそう、「勝利の女神が微笑む/微笑まない」という表現もよくあるよね。わからないけど神様的な感じの存在って、オレはいないんじゃないかなと思う。外にはいないっていうか、自分自身の中に作り出していく存在な気がしている。
勝負前の準備と意識で呼び出せることができ、本番での勝ちたい気持ちがホンモノであれば微笑んでくれるような存在。勝てるときに勝ち切れないと、微笑んでくれないばかりか、しばらく離れていってしまう。決してラッキーの象徴には思えないね。
少し似ている部類の話で、「過程が大事か、結果が大事か」といった問いもある。これは比べるべきものではなく、同一線上にあるというのがオレの意見だ。勝負をする以上は結果を追い求めるのは大前提だし、結果の“質”を高くするのも低くするのも過程だ。
なんのプロセスもなくラッキーで1着を獲っても「うれしいなあ」くらいのもの。でも自分が万全の準備をしてレースに臨み、経験をフル活用して走り、ラインの仲間と最高に噛み合って勝つレースは格別だ。“勝つべくして勝ったレース”は安心感に満ちる。ホッと安心できるーー。喜びとはまた違うし、嬉しさとも違う。でもオレにとって、ゴール線で感じる安心感ってのは格別の味なんだわ。
いよいよ前橋で寛仁親王牌が開幕する。欠場が続いたので、応援してくれるファンのみなさんには状態を伝えておきたい。練習では「もう完全復調」と宣言していた共同通信社杯の直前と同等のタイムが出ている。それに加えて、感覚的には今の方が良さそうだ。
今年は怪我も多く、長らく心配をかけている。やっと状態を戻して復帰しても声援に応えるようなシーンはなかなか見せられていない。とても申し訳なく思っているが、それでも「慎太郎、タイトル獲れよ」と発破をかけてくれる人たちがいる。
今回のコラムで書いたように長年競輪を走ってきて、勝利と敗北についてはたくさんの考えを持っている。それらをすべて踏まえて、最近はもはや「今日と明日だけ」にしか興味がなく、今日と明日のことだけに集中して時間を過ごしている。
擦過傷が癒えて風呂に入れるだけで嬉しいし、タイムが戻れば喜んでいる。1日の終わりに湯船で「やり切った」と思える日ばかりだ(だから毎日喜んでいる)。今は再び、負けても言い訳のできない状態にコンディションを整えられている。
前橋のGIシリーズ、出場全選手に何かしらの結果が出るわけだ。オレはどんな結果を引き寄せるんだろうな。甘くないのは百も承知。だが“今日と明日の積み上げ”をしっかりと表現できれば勝負になると思っている。全身全霊で競輪をやってこようと思う。
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佐藤慎太郎
Shintaro Sato
福島県東白川郡塙町出身。日本競輪学校第78期卒。1996年8月いわき平競輪場でレースデビュー、初勝利を飾る。2003年の全日本選抜競輪で優勝し、2004年開催のすべてのGIレースで決勝に進出している。選手生命に関わる怪我を経験するも、克服し、現在に至るまで長期に渡り、競輪界の第一線で活躍し続けている。2019年、立川競輪場で開催されたKEIRINグランプリ2019で優勝。新田祐大の番手から直線強襲し、右手を空に掲げた。絶対強者でありながら、親しみやすいコメントが多く、ユーモラスな表現で常にファンを楽しませている。SNSでの発信では語尾に「ガハハ!」の決まり文句を使用することが多く、ファンの間で愛されている。麻雀とラーメンをこよなく愛する筋肉界隈のナイスミドルであり、本人の決め台詞「限界?気のせいだよ!」の言葉の意味そのままに自身の志した競輪道を突き進む。