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山田裕仁のスゴいレース回顧

【レジェンド神山雄一郎カップ 回顧】動く“勇気”を出せなかった坂井洋

2025/05/19 (月) 18:00 26

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが宇都宮競輪場で開催された「レジェンド神山雄一郎カップ」を振り返ります。

優勝した小原太樹(左)とレジェンド・神山雄一郎氏(写真提供:チャリ・ロト)

2025年5月18日(日)宇都宮12R 開設76周年記念 第1回レジェンド神山雄一郎カップ(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①坂井洋(115期=栃木・30歳)
②清水裕友(105期=山口・30歳)
③嘉永泰斗(113期=熊本・27歳)
④阿部拓真(107期=宮城・34歳)
⑤小原太樹(95期=神奈川・36歳)
⑥大塚玲(89期=神奈川・43歳)
⑦伏見俊昭(75期=福島・49歳)
⑧小森貴大(111期=福井・35歳)
⑨神山拓弥(91期=栃木・38歳)

【初手・並び】

←①⑨(関東)④⑦(北日本)②⑤⑥(混成)⑧(単騎)③(単騎)

【結果】

1着 ⑤小原太樹
2着 ④阿部拓真
3着 ①坂井洋

昨年末引退したレジェンド・神山雄一郎氏の冠杯

 5月18日には栃木県の宇都宮競輪場で、レジェンド神山雄一郎カップ(GIII)の決勝戦が行われています。昨年12月に現役を引退した神山雄一郎選手の名を冠する、第1回の記念レースです。栃木が地元である選手にとっては本当に特別な存在で、それだけにこのシリーズを優勝したい気持ちは強いでしょう。現役選手とともにバンクを走るエキシビションレースなど、シリーズを盛り上げるイベントも盛りだくさんでした。

 S級S班からは、地元代表である眞杉匠選手(113期=栃木・26歳)と、清水裕友選手(105期=山口・30歳)、新山響平選手(107期=青森・31歳)の3名が出場。そのほかにも、浅井康太選手(90期=三重・40歳)や松浦悠士選手(98期=広島・34歳)、坂井洋選手(115期=栃木・30歳)などが出場と、選手レベルも高かったですね。記念すべき第1回開催にふさわしいメンバーが揃っていました。

左から地元・坂井洋、S班の清水裕友(写真提供:チャリ・ロト)

初日特選は13万車券の大波乱…

 三分戦となった初日特選は、浅井選手が最後方から全車をゴボウ抜きするという離れ業で快勝。連係した嘉永泰斗選手(113期=熊本・27歳)が捲り不発に終わるとみるや、最終バックから自力に切り替えて内をスムーズに抜け、眞杉選手を捉えきって1着を取るというド派手なレース内容でした。人気の中心だった眞杉選手が2着でありながら、3連単配当は13万車券という大波乱です。

 3名のS級S班のデキはいずれも「悪くはないがそれほど良くもない」といったところで、それもあってか、新山選手は準決勝で4着に敗退。初日特選では捲り不発に終わった嘉永選手でしたが、この準決勝では豪快な捲りで1着と、デキのよさを感じさせる走りをみせていました。初日特選と同様に嘉永選手と連係していた浅井選手は、嘉永選手のダッシュについていけず離れて、最下位に終わっています。

S班は清水裕友ただ1人が勝ち上がり

 このシリーズの“主役”候補だった眞杉選手は準決勝で、突っ張り先行する吉田有希選手(119期=茨城・23歳)の番手から捲って1位入線するも、最終ホームでのブロックで松浦選手を落車させたことが理由で失格となりました。結局、S級S班で決勝戦に駒を進められたのは清水選手だけで、その清水選手もまだ本調子を欠く状態という、かなり混戦ムードの漂う決勝戦となりました。

 関東勢は、坂井選手が先頭で番手が神山拓弥選手(91期=栃木・38歳)という、地元・栃木コンビで決勝戦を戦います。坂井選手はこれが初の地元記念優出ですが、デキも上々のようで、新山選手と眞杉選手がいなくなったここは、いきなり大チャンス到来といえますね。その番手を回る神山拓弥選手は、神山雄一郎さんの親戚で弟子でもあるわけですから、このレースにかける気持ちの強さは並大抵ではないでしょう。

 関東勢と同様に2車ラインとなった北日本勢は、阿部拓真選手(107期=宮城・34歳)が先頭で、番手を伏見俊昭選手(75期=福島・49歳)が回ります。オール連対で勝ち上がってきた阿部選手は、このシリーズで最もデキのよさが感じられた選手。この仕上がりならば、立ち回り次第で優勝も十分に狙えそうです。伏見選手は、阿部選手が捲る展開になったときに、離れずについていけるかどうかでしょう。

左から伏見俊昭、阿部拓真(写真提供:チャリ・ロト)

 ほかに中四国の選手が勝ち上がらなかった清水選手は、南関東勢と即席連係。ライン先頭が清水選手で、番手が小原太樹選手(95期=神奈川・36歳)、3番手を固めるのが大塚玲選手(89期=神奈川・43歳)という布陣で、決勝戦に臨みます。ここは事実上の「先行一車」で、清水選手の動きが展開を決めることになるでしょうね。とはいえ、後ろを回るのは他地区の選手ですから、全幅の信頼までは置きづらい面があります。

 そして単騎勝負を選択したのが、嘉永選手と小森貴大選手(111期=福井・35歳)の2名です。嘉永選手はだいぶ調子を上げてきた印象ですが、それだけに、連係する相手がいなかったのが惜しいですね。小森選手もそうですが、選択肢の少ない単騎で、立ち回りの巧さを要求されたときにどうか。主導権を奪うラインの直後を狙うというのが、とりあえずの基本戦略となりそうですね。

地元V期待の坂井がS取り成功

 ではそろそろ、決勝戦の回顧に入りましょう。レース開始を告げる号砲と同時に飛び出したのは、1番車の坂井選手と4番車の阿部選手。ここは内の坂井選手がスタートを取って、関東勢の前受けが決まります。阿部選手が先頭の北日本勢は3番手からで、清水選手が先頭の混成ラインが後方5番手。単騎の嘉永選手が8番手で、最後尾が小森選手というのが、初手の並びです。枠番に忠実な、想定内の並びといえます。

初手は、枠番に忠実で想定内の並び(写真提供:チャリ・ロト)

 その後はとくに動きがないまま、赤板(残り2周)掲示を通過。そして打鐘の手前で、後方の清水選手が動き出します。しかし、それに先んじて中団の阿部選手が動いて、打鐘で誘導員が離れるのと同時に、坂井選手を斬って先頭に立ちました。それをみた清水選手は、外を回りながら様子見モードに。空いた内を通って、後方の嘉永選手と小森選手が進出しつつ、打鐘後の2センターを回ります。

 単騎の嘉永選手が北日本勢の後ろ、小森選手が関東勢の後ろにつけて、あとは清水選手の動き出しを待つという態勢で、最終ホームに帰ってきました。そしてここで、外で仕掛けるタイミングをはかっていた清水選手が始動。先頭の阿部選手も合わせて前に踏んで、両者が内外併走で最終ホームを通過します。坂井選手はここで、北日本勢の後ろにつけていた嘉永選手を内に押し込み、伏見選手の後ろを狙いました。

始動した清水裕友(2番車・黒)が先頭の阿部拓真(4番車・青)に襲いかかる!(写真提供:チャリ・ロト)

かかる清水、小原は絶好展開

 最終1センターで清水選手と小原選手が前に出ますが、ライン3番手の大塚選手は離れてしまい、その位置に阿部選手が入ります。捌かれて外で浮いた大塚選手は、阿部選手の外併走で最終1センターを回ります。坂井選手は後方6番手となった坂井選手は、ここで仕掛けて内から上昇。単騎の嘉永選手と小森選手が最後方という隊列で、バックストレッチに進入しました。

小原太樹(5番車・黄)の後ろにすかさず入り込む阿部拓真(4番車・青)(写真提供:チャリ・ロト)

 3番手で阿部選手と大塚選手が絡んでいるところを狙って、内から坂井選手が接近。阿部選手と連係する伏見選手がついていけず離れてしまったところに、坂井選手が入り込みました。単騎の嘉永選手と小森選手は、最終バックでも後方のまま。清水選手が先頭でかかりのいい逃げをみせ、それに小原選手と阿部選手、坂井選手が続くという隊列で、最終3コーナーに入ります。

 阿部選手に外から絡んでいた大塚選手は、ここで力尽きて脱落。小原選手は清水選手との車間を少しきって、いつでも仕掛けられる態勢を整えます。しかし、後方からは誰も迫ってくることなく、隊列に大きな変化がないままで最終2センターを通過。優勝を争う前の4車と、勝負圏外の後方5車という隊列のままで、宇都宮500mバンクの長い最終直線に向きました。

 ここで一気に前との差を詰めた小原選手が、清水選手の外に出して差しにいきました。その直後では、内の阿部選手と外に出した坂井選手が前を追いすがります。30m線の手前で清水選手の脚が鈍って、小原選手が差して先頭に。内を狙う阿部選手や、外からいい伸びをみせる坂井選手も差を詰めますが、小原選手を捉えることはできません。絶好の展開をモノにした小原選手が、先頭でゴールラインを駆け抜けました。

小原太樹(5番車・黄)が絶好展開モノにして三度目のGIII制覇!(写真提供:チャリ・ロト)

2着の阿部は好走! デキの良さと光った積極性

 2着は内の阿部選手で、3着は外から伸びた坂井選手。逃げた清水選手は粘りきれずの4着で、単騎で勝負した嘉永選手は、デキのよさを生かせず6着という結果に終わりました。優勝した小原選手は、2023年3月の玉野記念以来となる通算3回目のGIII制覇を達成。他地区との連係であるにもかかわらず、それを感じさせない積極的な走りをしてくれた清水選手の貢献大であるのは、言うまでもありません。

小原太樹のVは清水の大貢献あってのもの(写真提供:チャリ・ロト)

 レースを盛り上げたのは、序盤から積極的に動いて、小原選手の後ろに飛びつき2着に好走した阿部選手でしょう。前場所の函館FIに続くオール連対と、近況のよさはかなり目立っていますね。この決勝戦は展開にも恵まれましたが、あの位置が取れたのは積極性があったからこそ。このデキをキープできるならば、今後に出場を予定している奈良FIや別府記念でも、いい走りが期待できそうです。

坂井洋に足りなかった“動く勇気”

 そんな阿部選手とは逆に、坂井選手はプレッシャーに負けて、「動く勇気」を出せなかった感がありますね。眞杉選手の失格で地元を代表する立場となったことや、新山選手が勝ち上がれなかったことによるメンバー的な有利さなどで、初の地元記念制覇が一気に現実味をおびていました。それに周囲も当然、それを期待する。こういったプレッシャーは、ときに選手を強く“縛る”んですよ。

プレッシャーはときに選手を強く縛る…(写真提供:チャリ・ロト)

 本来の坂井選手は、もっと思いきった走りができる選手です。それでも、レース後のコメントで「緩んでいたからカマシも考えたけど、踏み合うと単騎勢のまくり頃になる」と考えて、積極的に動く勇気を出せなかった。ここで優勝するには、自分の力でつかみ取りにいくしかない…とわかっていても、それが難しいんですよね。この失敗を糧に、さらに研鑽を積みながら、次なるチャンスを待つしかありません。

 こんなふうに勝機を逃してしまうケースもあれば、今回の小原選手のように「こんなに恵まれていいんだろうか」という流れで、あっさりと優勝できてしまうケースもある。勝つときはすべてがうまくいく…の、まさに“典型”のようなレースでしたからね。このあたりが競輪という競技の面白さであり、また難しさでもある。小原選手と坂井選手で、明暗ハッキリ分かれたレースだったといえます。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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