2024/08/06 (火) 18:00 54
地元福井記念をきっちり4連勝で優勝した脇本雄太。前半戦はアクシデント続きだったものの、今また“魔王”の姿を取り戻している。6月岸和田競輪場で開催されたGI「第75回高松宮記念杯」から、取手記念、7月松戸GII「第20回サマーナイトフェスティバル」、福井記念と走り抜いた現在を語る。
そして、当コラムは今回でしばらく休載となるが、大事な理由がある…。
福井記念は弟の脇本勇希(25歳・福井=115期)と同乗し、近畿ライン5車結束で優勝をつかんだ。初めて弟と同じレースを走ることで思ったことは…。「僕自身は、特に… 色々と思うことはあったけど特段緊張もしなかった」と振り返る。置かれている立場を考えると「どちらかというと5車並ぶことに対して責任が重いな」と感じていた。
「弟は緊張しているみたいでしたけど…」
勇希は準決で同じように雄太の弟子である岸田剛(25歳・福井=121期)と連係して決勝進出を決めていた。岸田については「最近調子を崩しているようだったけど、地元記念にしっかり仕上げてきているな、と感心の方が大きかった」と温かく見つめていた。そして「これで弾みをつけてほしいな」と先を見据える。
レース当日の勇希を見ていて「どうとらえているかは僕自身は把握はできなかった」が、前受けから果敢に踏み込んでいった。ただし「(準決で)寺崎(浩平)ですら、突っ張れなかったわけですから」と新山響平(30歳・青森=107期)の動きを見て「多少の想定外のことはあるな」と冷静で「自分の中で勝てる構図を考えて」対応した。
責任を果たす4連勝で地元記念は6回目の優勝となった。今や、自分のことだけではない。
打ち上げでは弟子たちの振り返りの様子を見守っていたという。「グループのメンバーが集まって今開催の話をしっかりしていたんです。僕は立場上、師匠なので黙ってましたけど、若い子の思考とかわかって、おお、と思ってました。ワシコーは写真を撮って喜んでましたね」。着実に育ってきた弟子たちの姿が頼もしかった。ビールが、しみた。
「こうやって歳を取っていくんだろうな…(笑)」
喜んでばかりいるわけではない。ゴールでもない。「地元記念を優勝することも大事ですけど、グランプリに出続けることもモチベーションのひとつ」とGI優勝を見据えている現在だ。
また、振り返ると取手記念決勝では山口拳矢(28歳・岐阜=117期)との連係もあった。決勝のメンバー構成を見て「あの取手に関しては、僕と山口拳矢君で並ばないと、競輪のレースとして成り立たない」と考えた。
「関東が5車結束して、他が全員単騎って記念の決勝でどう…。せめてラインがないと…と。」
拳矢としては機会があれば付きたい、という話はずっとあった。脇本もそのことは当然分かっており「チャンスがあれば、という感じだったのでね。今回は僕の方から後押しした感じ」と連係が実現した。
ただし決勝は「あれは、危なかった」と1センターで大きな不利を被ってしまった。「二次予選も転びそうでしたし…」。落車しなかっただけでも、という展開になってしまった。アクシデント後の拳矢はそこから立て直して、3着に食い込んだ。
レース前に拳矢とは「ほぼほぼ二分戦で単騎勢を位置取りにこだわるだろう、最悪な並びにはなるだろう」と話していたという。「僕自身が発進で対抗するのは簡単だけど、そうもいかないし、難しい」。力でねじ伏せようとしたが、前のあおりだけはどうしようもなかった。
続く松戸GII「サマーナイトフェスティバル」決勝では神奈川勢相手に、脇本ー古性優作(33歳・大阪=100期)のタッグでキバをむいた。王者のコンビが、キバをむいた。「あれは、高松宮記念杯の失敗、というか負けた分を含めて、できることをやろう」と思いがあった。
「リスクがあった上でのレースとは思いますが」
高松宮記念杯の敗戦の後は「対策は多少は考えていたけど、条件があの時は全部かみ合っていた」と勝負の道が見えた。松戸の333バンクの特徴やメンバー構成があり「あの戦法は内が有利ですし、なおかつ古性君がなんでもやってくれる」と2人が生きると考えた。今後も多用する手段となっていくのか。
「あれは“対北井佑季”という感じ。北井君だけを想定したレースですね。あれが新山響平君だったら、じゃあどうする、ってまた違うと思います」
状況に応じて対応するのが至上命題。近畿地区が脇本と古性の2人での戦いが多い中で、他地区との戦いを考えないといけない。現状では「少なくとも、南関バージョンと北日本、中四国のバージョンは必要」。しばらく前は中四国ラインにだいぶ苦しめられてきた…。
何より、松戸決勝で古性と2人、奮闘する姿は熱かった。脇本は北井の番手に入ったが「青板のバックから出て、踏み合って、収まったのは打鐘の手前で、そこから出る前に半周が過ぎているけど、残り1周半は全力だった。最後はもたなくてダメだったですけど、着も悪かったし。でも糸口は見えた」と全力の限りを尽くした。
並の選手ならあの形で番手に入っても残り1周から出るのは難しいだろう。「出ていっぱいでしたけどね(笑)」と疲れた表情を見せたものだが、あれがワッキーだった。
それにしても「北井佑季」と、その名前をデスノートに書き込んでいたのか…。
「持ってはいるけど、それに対して実行はしないですよ。持ってはいるけど(笑)」
昔とは立場も違う。常に絶大な人気を背負っている。「自分の犠牲を払ってまでは、できない」のが現実だ。松戸の時は北井を倒しつつ、古性と決めるための走りだった。
「昔は心の中のデスノートがあって、1号は守澤太志です。もう許さねえ!と、ハッハッハ!」
昔、2011年5月松戸SSシリーズの時のS級決勝。脇本も守澤もまだ駆け出しといっていいころ。絶対先行の脇本を相手に、当時競走得点99点で6番車の守澤は関東の2人を連れて赤板前から脇本を相手に駆けたことがあるのだ。(守澤「いや、もう、許してって!」)
6月高松宮記念杯から、取手記念、7月松戸サマーナイトフェスティバル、福井記念と激闘が続いた。気になる体は?
「連戦だったのでかなり疲れはたまったけど、痛みが出たりはない。まあ、無理せずしっかりケアしつつ練習しつつ」
ケアと練習のバランスを探りながら、が現状だが「痛みがない中での練習の度合いが分かってきている。多少、練習の比率を上げられている」と順調に上向きのベクトルを維持できている。ただし「油断すると、またなる」。
「気持ち的にはすごいできる、という感じはするんですけど、それに対して体が反応しない。もし反応したとしても体が壊れる領域に入ってしまう」
適切なバランスを、これまでの経験を生かしながら、だ。今年前半は「優勝できる、という状態とは言えない」と繰り返してきた。平塚オールスター(GI)に向けては、「高松宮記念杯から少しずつ上向いている。ちょっとずつちょっとずつなんで挽回できたらいいな」と話した。「急激に良くなるタイプじゃないんで。フレーム替えたから一気によくなるとかもない。1回落ちたものは徐々にしか戻っていかない」。何よりも…。
「あの大ケガから1年」
そう、西武園。あの時はどうなるか…。半年、いや1年の欠場、いや、もしかしたら復帰すら…という現実があった。「なんとか耐えたって感じですね。次、あのレベルのケガをしたらもう帰ってこれない」。真実の声だ。現在も「右の肩甲骨自体、次折れたらもう帰ってこれない。そこは気を付けつつ」と慎重に慎重を重ねている。
今年のドリームレースは昨年のファン投票とは逆の1、2位の順位で走る。今年、古性が初のファン投票1位に輝いた。その栄誉について「いつでもふさわしいですよ、アイツは」と激賞する。「何かしらの話題も持ってくんで」と笑う。
「サマーナイトの決勝も僕の戦法に驚く人もいれば、それに対処する古性君に興味を持った人もいるだろうし」
近年、古性が走ればファンが沸く。競輪選手のすごさを、見せ付けている。競輪界の最強コンビだ。それでも、松戸決勝の後は…。
「打ち上げの前に2人で答え合わせをしたんです」
完璧な連動のように思えたが「意思疎通が微妙に取れていなかったんです」とちょっと信じられない話になる。「取れていなかったんです、かみ合っているように見えて、実は」。2人にしかわからない世界だろう。さらに、上があるようだ。
「僕の意志に対してその時どう思ってた?って聞くと、意外に違かったんです。この辺の話は古性君の許可を得ないと話せないですが(笑)」
しかしもはや、聞いても分かりそうもないレベル…。今後、2人がその話に及んだ時を待とう。
麻雀界とのつながりもより深まっていっている。サマーナイトフェスティバルの後にも交流があった。「麻雀プロと競輪選手の交流マージャンを。麻雀プロの方が競輪を楽しんでくれているように、こっちも麻雀を楽しんで」というスタンスだ。
「二階堂姉妹や滝沢(和典)さんもいて、(佐々木)寿人さんもいて」
競輪界の若手も麻雀にハマってきているが「覚えてくれるだけで十分なんです。あくまで交流なんで。競輪選手が背伸びしたところで麻雀プロには勝てない」と、目的はひたすら交流だ。しかし、例えば吉田拓矢(29歳・茨城=107期)も麻雀を好きになっているが、麻雀で急成長しているとかはないのか?
「そういうことはないです(笑)。みんなドングリの背比べ」
ワッキー自身は麻雀と競輪について「麻雀プロと競輪選手の思考というか。完全につながっているとまでは言わないですが、対戦相手1人1人にどういう気配りで行くのか、とか。同じ先行選手だったらこう、とか似ているなと感じている」と得るものも大きいと感じている。
「麻雀プロから話を聞いても面白いな、と」
そして「麻雀プロが競輪を楽しんでくれているのがうれしいんです」。だからこそ、競輪側からも何かできればと思っている。競輪に向いてそうな麻雀プロは?
「二階堂姉妹はどちらも向いてますよ。脚質みたいなのが麻雀でも表に出ている。二階堂姉妹と滝沢さんは自在。佐々木寿人さんは完全に新山響平タイプ。競輪に当てはめると面白い」
面白がる、面白くできる、のがワッキーの武器でもある。結構、強引。「麻雀に興味持ってなくても、少しずつでも増やしたいと思っています。この前、滝沢さんが平原康多さんに会いたいって言ってて」ーー。サマーナイトの前に「ちょうど平原さんが都内にいるっていうので呼び出したんです!平原さんと滝沢さんと僕と、まぁ後ついでに宿口陽一!完全についでですが(笑)。ご飯を一緒に食べて、平原さんも『ちょっと麻雀やってみようかな』って。こうやって広げていけるといいですね」と、巻き込むのだ。
話は多岐にわたる当コラムはいったん休止になる。大事な時期に入っている。
「競輪の事情というよりは、家もできるし、ジムも完成するので」
かねてから考えていた「自転車界に対して尽力したい」という思いが形になってきている。その準備や対応を背負っている。「ジム施設を作って競技を盛り上げていければ」と若手の育成がいよいよ始められそうになっている。実情として「1人で全部やっているので、結構大変」のため、しばらくはそちらに集中だ。
またスタジオの準備もしているとのことで「例えば高松宮記念杯にしても全部のレースを見て、ここがすごかったとかも発信できれば。前に個人のYouTubeで南修二さんのことを話した配信があるんです。古性君がまくりにいった時に伊藤颯馬が全力で南さんにぶつかったのに微動だにしない。颯馬、完全にぶつかりにいったよな、って。普通の人なら動いちゃって落車しておかしくない。当たられても微動だにしない南さんすげえよな。俺たちから見てすごいな、という走り。地味だけど僕たちが見て驚く走りとかの発信したら面白いかな」とあらゆることを考えている。
「現役であの場にいないとわからないことを」
高松宮記念杯では「修二さん、当たられてきつかったですか?って聞いたら、ぶつかったっけって(笑)。周りに人影なんてなかったよ、って」といった裏話もあり、ファンに分かりやすく楽しく、ちゃんと正確に伝えられればと思っている。
さびしい思いをしてしまう当コラムのファンに向けては、「今回は時間が取れず、こちらからお休みという形を取らせてもらいますが、時間ができたらまた再開を。またできる限りのことをやりたいです」と、その時を待ってほしい。
今は家やジムなどを整備することが最優先事項で「環境、下地をしっかり作った方が素質のある子が出てくる」と、将来の競輪選手、五輪代表選手を育てる扉を開けないといけない。未知のことばかりなので「どういう風になるか、まだわからない状態。僕自身もまだ強くなりたいし」とワッキー自身がプラスになることも見据え、準備し、動いている。
よくしゃべり、よく考えている。なんと「僕はもう老後のことも考えてますからね。老後というか第二の人生。選手生活の折り返しは間違いなく来ている。僕もデビューして17年ですから」ーー、と、これにはひと言。「いや、まだ早い!!」
まだ、早い。
「いまだに自力選手が俺のことを目の敵にするのはやめてよ!」の嘆きは事実であり、競輪界にとって大切なこと。平原康多が「競輪の歴史上、最強のレーサー」と評するのが脇本雄太だ。この選手と走り、倒せるか、は現役選手の一大事なのだ。
「勇者パーティーで魔王に挑んで来る構図はやめてほしいです」
誰もが脇本雄太を倒そうと躍起になってくる。特に古性とのタッグなど、倒せれば価値がある。自分もやってきたことなので「まあ、気持ちは分かりますけどね(苦笑)」だが、受ける立場は「きつい!」。
目の前に迫るオールスターの開催場・平塚は当然、今一番勢いのある南関勢の牙城だ。「また現れた南関という勇者候補が多いところがね…。北井と松井と郡司はズルいでしょう!近畿は常に2人やん!」。大挙して攻めてくる南関パーティーには手を焼いている。
「北井ー和田真久留ー和田健太郎、くらいにしておいてくれないと。そこに松井と郡司と深谷? ダメ!! 深谷? ずるい!」
まだ、続く。
「それに五輪が終わったらカイヤ(太田海也)ー清水裕友ー松浦悠士みたいなワケわからんパーティーを組んでくるんでしょう! 中四国は! 想像するだけでだるいよ〜」
まだまだ。
「うわ、あと北日本は中野慎詞ー新山ー新田(祐大)さん? う〜ん、面倒くさい。そこも小原佑太まで来たら南関よりめんどくさい。小原も強いんですよ。南関よりわけわからんやん!」
話足りないですよね。ファンのみなさんも聞き足りないですよね。関東についても聞きたいですよね。でも、今は競輪選手として、自転車競技の日本代表として責任を背負い続け、今の脇本雄太にしかできない恩返しの装置を完全な形で作り上げないといけない時期。
「では、時間ができたら帰ってくるので、待っていてください!!」
突然のお知らせになりましたが、当コラムは今回を持ちまして、しばらく休載となります。毎月楽しみにしていただいた、読者の皆さまにはご心配をおかけして申し訳ございませんが、ご理解いただけますと幸いです。また再開した際には、どうぞよろしくお願いします。
今後とも脇本雄太選手の応援をよろしくお願いします。
脇本雄太
Yuta Wakimoto
脇本雄太(わきもとゆうた)。1989年福井県福井市生まれ、日本競輪学校94期卒。競輪では特別競輪9勝、20年最優秀選手賞を受賞。自転車競技ではリオ、東京と2度オリンピック出場、20年世界選手権銀メダル獲得。ナショナルチームで鍛えられた世界レベルの脚力とメンタルは競輪ファンからの信頼も厚く、他の競輪選手たちに大きな刺激を与えている。プライベートではゲーム・コーヒー・麻雀など多彩な趣味の持ち主。愛称は”ワッキー”。