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脇本雄太の競輪無双十三面待ち 〜そして伝説へ〜

オールスターの悪夢から2カ月「マイナスな気持ちになったことはない」脇本雄太は何度でも苦境を乗り越える

2023/10/18 (水) 15:00 86

8月、西武園競輪場で開催された「オールスター競輪(GI)」で脇本雄太は大アクシデントに見舞われた。診断書には右肋骨骨折、右肩甲骨骨折、肺気胸と書かれ、また苦闘の日々が始まった。加えて、そのケガだけではない箇所にも支障が判明…。しかし「そんな経験は死ぬほどやってきたんで」と平然と話すのがワッキー。現状と復帰への道のりを語る。(取材・構成:netkeirin編集部)

撮影:北山宏一

オールスターの落車は映像を見返しても記憶がない

 脇本雄太は、8月18日のオールスター4日目「シャイニングスター賞」で落車した。現地では明らかに重傷と見込まれ、騒然とする事態となった。「でも、マズイぞ…とか思うこともなかった。記憶がないんですよ。レースを見ても思い出せないくらいで」。とにかく、どう治すか、だけが頭に浮かんだ。

シャイニングスター賞の最終ホーム。白のユニフォームが脇本選手(写真撮影:チャリ・ロト)

 その後の診断では「肩の関節の脱臼の症状もありました。そこは競輪祭の時の落車で痛めたのが、今回の落車でまた出たのかもしれないし、よくは分からない」。いったんは、休む、と決めた。

「4週間弱くらいかな。退院するまで何も考えずに過ごそうと決めました。ストレスフリーで過ごせるかも大事なんで」

 病室にいることを強いられはしたものの「心理的に落ち込むとかもなかった。ケガをしてしまったのもはしようがない。復帰までの順序を考えることが一番」と、焦ることもなかった。グランプリ出場争いの賞金面が外野としては気になるが、気にならない。

「無理して復帰して来年に響くとかが一番ダメ。全日本選抜を走れない、とか。そうであればグランプリに出られなくても別にいい。それに前もあったことだけど、僕が1班になったからといってみんなの評価が変わることもない」

 表情は以前と変わらないものの、「痛いのは今でも痛い」が落車から2カ月経った今でもある。先日の検査では「肩甲骨のつき方がよくないつき方で、筋肉が挟まっている」と診断された。腰の奥の骨のケガという世界に数件しかないケガも経験し、今回も難題が襲ってきた。

「手術するかしないか、まであったけど、専門的な治療とリハビリで治せればと」

 手術は回避して、これからの治療に全力を尽くす。痛みに耐えつつも「走ろうと思えば、走れはする。ただ完全じゃない。それに肩、なんで」と続ける。こだわるのは「肩の痛みはハンドルさばきに直結するんです。それが落車を引き起こすことにもなるかもしれない。松浦(悠士)君ほどそこに自信はないんで(笑)」と、冷静に現実を把握しているから。

 何より「今まで自分自身がケガしてきた中で頼れるものもある」。過酷な選手人生。乗り越えてきた経験と自負がある。加えて「伊豆に来ているんですが、ナショナルチームの人脈も生かして、治療の相談をしています」とあいまいな部分を残さないよう、真っすぐ復帰の道を歩いている。

欠場を余儀なくされた寬仁親王牌 3年前の経験が活きている

 今年は脇本だけでなく、S班の選手が大ケガに襲われるケースが目立っている。「流れみたいなのがあるんですかね。武雄記念の時は現場にいたんですけど、平原(康多)さんと松浦君がケガをして…。ダービーでは郡司(浩平)君と守澤(太志)さんもでしょう」。そこに見舞われた自身のケガ。しかし他の選手を見ていると「なんか、みんな前向きなんですよね(笑)。だから、苦しそうとか、全然見えない!」という姿がある。

 S班という競輪界の最高峰の立場。背負うものは違う。「みんなも重いと思うけど、僕の責任は特に重い」。S班が揃うレースでも1番人気はやはり脇本。責任から目を背けないのも強さを作り上げている一因だ。だからこそ「人気にもなるし、オッズを見てもそう。僕自身のプライドもあるので不完全のまま出場はしたくない」と明かす。

 とにかく、冷静だ。「自分は自力に偏っているし、人の後ろは得意じゃない。平原さんみたいに何でもできるから、何でも対応できるわけじゃない」と、レース構成によって何かをその場で補えるタイプではないことも自認している。復帰して走ってみないと何もわからないが「前と同じような自分で復帰したいと思っている。ただ、ふわっとですけどね」が現状の率直な気持ちだ。

 上述のように、グランプリの賞金争いがあるから、で早期の復帰は判断にはない。寬仁親王牌も欠場となったが、外から見て「冷静に分析しつつ、次につなげられれば」と“その時”への準備にする。

 気になる2人の若者について、どう見ているのかーー。

「力的には決勝に乗ってなんにも不思議はないですよ」

 次世代の躍動が沸き起こる今、中野慎詞と太田海也の2人も背負うものがある。競輪との両方で結果を残す難しさは誰よりも知っている。だが時期的に「世界選手権も終わって、アジア大会はあったけど結構、空いているでしょう。落ち着いて準備できていると思う」と見る。ただし、「周長や日本の自転車との感覚の差は簡単には埋まらない。まあ意識の違いなんですけど」。太田とは「この前、ペダリングの話をしたんですよ。自分とは全然踏み方が違うけど、興味を持っていたみたいで」と、できるアドバイスは送っているという。

 全治半年の診断。痛む体。走れない現在。もどかしく、頭をかきむしりそうなものだが、それは一切ない。

「マイナスな気持ちになったことは一度もないですね」

 2020年11月の競輪祭初日に落車し、右肩のケガは軽くはなかった。あの時は「グランプリがあって、東京五輪があって…。あれは焦りましたよ」。目の前に迫る大きな目標がすぐそこにあってのケガ。それでも、乗り越えた。何度でも、乗り越えてきた。「そうだ、グランプリは平原さんの前で走りましたしね、ハハハ!」

 鬼すら恐れる心を持つ。顔つきも変えず「その時も治すための順序をしっかり組んでやれた。今回の方がケガ自体はひどいけど、治療していくだけ」と話すのみだ。

「まあ、この境地に達するには相当かかっているとは思いますけど…」

 華やかに輝く時間は、ほんのわずか。歯を食いしばってきた時間が、光をもたらす。復帰したその時、見たことのない光を、栄光を…、ファンに届ける。

撮影:北山宏一

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脇本雄太

Yuta Wakimoto

脇本雄太(わきもとゆうた)。1989年福井県福井市生まれ、日本競輪学校94期卒。競輪では特別競輪9勝、20年最優秀選手賞を受賞。自転車競技ではリオ、東京と2度オリンピック出場、20年世界選手権銀メダル獲得。ナショナルチームで鍛えられた世界レベルの脚力とメンタルは競輪ファンからの信頼も厚く、他の競輪選手たちに大きな刺激を与えている。プライベートではゲーム・コーヒー・麻雀など多彩な趣味の持ち主。愛称は”ワッキー”。

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