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松浦悠士の“真っ向勝負!”

【松浦悠士の優勝報告】セッティングも駆け引きも“自分だけ”にできることを! 感性を信じてベストを尽くす

2022/09/29 (木) 20:00 18

 みなさんこんにちは、松浦悠士です。今回は岐阜記念『長良川鵜飼カップ(GIII)』、名古屋競輪『共同通信社杯(GII)』の振り返りを中心に書いていきたいと思います。

富山記念「瑞峰立山賞争奪戦」に続き岐阜記念「長良川鵜飼カップ」を制覇(撮影:島尻譲)

自信が裏目に出てしまうこともある

 岐阜記念は少し気になる疲労感を抱えて開催に入ることになりました。僕は今までベストの体重を模索してきていますが、ここ最近はいい感じで管理できており、77〜78キロくらいに維持しています。日々たくさん食事を摂り、意識的に体重を落とさないようにしています。

 今の体重はレースでもきちんと出力を上げられるし、成績にも繋がっていると思います。でも体を重くしてスピードに乗るような走りをしていると、調子が良い分だけの疲労感もたまっていきます。富山で結構なダメージを持ち帰りましたが、それが抜け切らないような感覚でした。

 そんな中で迎えた初日ですが、確定板を逃して5着と厳しいスタートを切ることになりました。最近はレース展開に対する“読み”がうまくいくケースが続いており、この時も自信がありました。先行する眞杉君を「簡単に駆けさせるわけにはいかない」と考えていましたが、眞杉君は山口君のところをこじ開けるように仕掛けていき、その後は後方から先頭に出ていった山口君の番手にはまる形に…。

 完全に展開を読み違えてしまい、慌ててホームから踏み込んでいきました。ですがタイミングも悪く、自転車も進まない状態…。早々と手の打ちようもないレースになってしまいました。「ここ最近レースが読めている」という自信が裏目に出た敗戦だったので、気持ちの部分を修正しようと思いました。

発走直後に転倒した2日目

 そして2日目…。僕は発走直後に転倒し、再発走のアクシデントを引き起こしてしまいました。本当に恥ずかしかったですし、ファンや関係者の方々にご心配ご迷惑をおかけしました。車輪交換をしたので発走時間も遅らせてしまい、対戦する選手にも本当に申し訳なかったです。

 レース後、周囲から「アクシデントを起こしても切り替えて冷静に走っていた」と言われたのですが、内心めちゃくちゃ動揺してしまいましたし、発走機に戻る頃は「1着しか許してもらえないぞ…」と変な汗をかきながらレースに臨みました。

 いつもは「良い走りをしたい」という意識の先に1着を狙う気持ちがあるのですが、このレースでは「絶対に1着以外はダメだ」と着だけにこだわる感じで「何が何でも!」というレースになりました。無事1着でレースを終えた時は本当にホッとしました。

 そして、この転倒で検車さんにつけてもらった岐阜競輪場の予備車輪の反応が良く、今後に活かせるような感触を気づかせてくれました。いつも僕が使っている車輪は踏み出した時にすぐに力が伝わるわけではなく、やや遊びの部分があります。出足で少しもたつく分、その後伸びていくイメージで、少し助走が必要なセッティングです。しかし、お借りした車輪は踏み出してすぐ力に反応する感じで、その感覚は素晴らしかったです。

 車輪を変えたことで走る前は不安でしたが、周回中から良い感触で、新しい気づきも与えてくれました。

考え方を絞り過ぎてはいけない

落車の影響が心配されたが二次予選も1着で準決勝へ(撮影:島尻譲)

 3日目は自分の車輪に組み直してもらったのですが、2日目にお借りした車輪と自分の車輪の差分の影響もあるかと思いますが、妙に硬く感じました。もともと使っている車輪は「硬く」組んでもらっていましたが、あまり良くない感触を覚えながらのレースになりました。

 そして準決勝では岩谷君を意識し過ぎてしまいました。僕ら選手も競輪予想紙に目を通しますが「松浦さんにリベンジしたい」という岩谷君のコメントに目が行きました。岩谷君は思い切りよく先行できるタイプの選手なので、このコメントを見た時「岩谷君の先行を僕が捲り切れるか、勝負だな!」と気持ちのスイッチを入れました。

 そしていざレースで勝負所に差し掛かってきた時に気合を入れていると岩谷君と連係している中本さんが内に降りてきて接触し、出遅れてしまいました。「あれ? 先行しないのか? まさかこの位置に入ってくるとは…」と慌てました。ホームでは脚力の消耗も感じていたので「タイミングを逃したら上がれない! やばい!」という感じで無我夢中で走りました。岩谷君は気持ちいいレースをする選手なので、その選手像に引っ張られてしまって本当に危なかったです(笑)。考え方を絞り過ぎてはダメですね。何とか勝ち上がりを決められてよかったです。

感性を信じて走ることの大切さ

 最終日は硬く感じていた車輪を緩めてもらいレースに臨みました。決勝は後ろ攻めになるだろうと考えていて、頭の中で描くレースパターンも後ろ攻め中心に考えていました。

 ただ発走機について自転車に乗ったところで「思いつきだけど一応ポーンと出てみようかな」という気になり出てみたら2番手に入れたので、やってみるもんだなと思いましたね。あの位置からレースを組み立てていける想定はゼロでしたし、事前の作戦なんて用意していませんでしたから、周回中にレース展開を想定しました。

初手3番手の位置は良い意味で想定外だった(撮影:島尻譲)

 初手がどんな位置からのスタートだとしても「関東ラインの後ろ」に意識を向けていたことに変わりありませんが、「仕掛けるタイミングだけ間違いないように」と集中できる位置で走ることができたのはよかったです。最終直線で平原さんが凄い勢いで迫ってきた時はヒヤリとしましたが、僕も4コーナーからしっかりと踏めたので勝ち切ることができました。

 富山に続き岐阜でも優勝でき、記念レースを連続して勝つことができました。自分の感覚としては昨年3月の広島で行われた玉野記念の時に感じていた調子の良さと今の調子の良さが似ています。あの時も77キロくらいでしたし、自分の感性を信じて走ることができていました。今のこの状態でどんなことを考えていけばいいのか、どんな練習に取り組んでいけばいいのかを模索し、さらに進化していきたいです。昨年の秋は苦しみ、なかなか出口の見えないトンネルの中にいましたが、今年の秋は楽しめるように努力を続けていきたいです。

感性を信じて走り抜き優勝を勝ち取った(撮影:島尻譲)

共同通信社杯の自動番組

 僕は競輪を外から見るのも好きなのですが、眞杉君と郡司君の連係は共同通信社杯の自動番組っぽい面白さが出ていて楽しかったですね。今回の僕はあまり“共同通信社杯らしさ”はない番組でいつも通りという感じでした(笑)。サプライズ連係みたいなのものはなく、連係実績豊富かつ信頼を置いている柏野さんと走ることができ、初日のレースではワンツーを決めることができました。

 走る自分にとっては安心できる連係でしたが、自動番組のサプライズも個人的には好きですし、来年も怖がらずに楽しみにしたいと思います。見ているお客さんも普段見ないラインが生まれると面白いですよね!

 話は変わりますが、初日は岐阜記念に続いてセッティング面でさまざまな気づきがありました。僕は3台の自転車(※)を持って行ったのですが、はじめて知る感覚があったんですよね。

(※)持っていたフレームの内訳
①岐阜記念で乗っていたフレーム
②①と同じ寸法の新しいフレーム
③①と同じ寸法の新しいフレーム(予備)

 初日のレースで僕は②の新しいフレームで挑んだんですが、岐阜記念のフレームと同じ寸法にも関らず「重さ」が全然違いました。展開が向いて何とか1着を取ることができましたが、とにかく重かったです。これではこのシリーズ戦えないという感じでした。

 レースが終わり周囲の選手には「全然重そうじゃなかったよ」と言われましたが、僕自身だけではなく後ろについてくれた柏野さんも「なんか重そうだったね」と異変に気が付いてくれていました。

新しいフレームで臨んだ初日、普段と同じ寸法にも関らず感触の違いがあった(撮影:島尻譲)

最高の状態で走りたいからセッティングに全力注ぐ

 初日に気づいたフレームの重さに対策したかったので①の前フォークを外して②の前フォークを取り付けハイブリッド型“ニコイチ”で組み直しました。そもそもなぜ新しいフレームを持って行ったのかと言えば、岐阜の2日目で転倒した際に曲がってしまった前フォークが気になったからです。

 そのほか後輪も普段使っているものに取り換えて、2日目のレースに臨みました。僕はセッティングに関して常にベストを尽くしたいと考えています。準備段階で妥協をしたくないし、「練習の感覚がいいのに本番ではよくなかった」ということに自分の感性で挑みたいと思っているからです。共同通信社杯では初日と最終日には岐阜で気が付いた感触を参考に用意した後輪、2日目と3日目は普段使っている後輪とで使い分けていました。

 自分で対応できる限りのセッティングをして二次予選に臨みましたが、ここでは久々に裕友との連係で1着を取れて嬉しかったです。僕が前で戦ったわけではないですが、この二次予選では中野慎詞君とも初対戦でしたね。今後力勝負を積み重ねていく中で、その都度課題を見つけるでしょうし、中野君を見るにそういった課題をクリアしていける選手なのだろうと感じました。

二次予選Aでは久々のゴールデンコンビ連係となった(撮影:島尻譲)

 こうしてセッティングも固まり、準決勝を迎えました。このレースでは自分の中でかなりタイミングよく仕掛けることができて、しっかり持つポイントで行くことができました。ただ風の影響を受けてしまって、後ろの小倉さんにたくさん仕事をしてもらう形になってしまいました。

 対戦メンバーも準決勝のような強力なメンバーかつライン2車になると、もっとスピードが出せないとダメですね。眞杉君の先行を久々に捲り切れたので、その点は良かったんですが、振り返ると「もっと脚力があればラインで決められたな…」という思いです。

郡司君の気持ちの強さの前に“完敗”

 準決勝で感じた風の影響が気になり、当日のレベルこそわからないものの「決勝も強風が吹くだろう」と想定してセッティングを考えました。前述しましたが岐阜を参考にした軽い後輪にして、強風対策をして準備しました。

 その決勝ですが、番組が出た時には「駆けるのは僕か平原さんだろうな」と考えていて、レースでは前を取りに行って引いてタイミングを見てドカンという作戦か、中団であれば郡司君の切るタイミングに注意して反応するか、はたまた僕が先に切る必要があるかもしれないとさまざまなパターンを考えておきました。

 ただ実際のレースでは郡司君がなかなか来ず、走っていて「あれ?来ないじゃん」という感じでした。その後、腹を決めていた郡司君が勢い良く来たので「やばい、先行か!」とそこで気がつきました。向かい風を2回受けるタイミングであれだけ長い距離を行けるのは気持ちの強さの表れだと思います。気持ちが強くなければあんな先行はできません。

共同通信社杯決勝、郡司浩平選手(赤・3番車)が果敢に先行策に打って出た(撮影:島尻譲)

 僕も諦めずに優勝めがけて自分のできることをしましたが、和田君にブロックされてしまいました。あのブロックがなければ行けたかもと思わなくもないんですが、そもそも和田君が前に踏んでいたらチャンスはなかったと思います。最終的には「まだ行ける! よし超えていける!」と感じたところで接触して外に浮いてしまい万事休すでした。

 ただこのレースは完全に力負けで、郡司君の気持ちの強さと脚力の強さを味わった形です。素直に敗北を認めて次に行こうと切り替えることにしました。

些細なことも恐れずに試していきたい

 ここ最近の僕は「セッティングも固まってきたので新しい挑戦の必要もないな」と考えることが多かったです。でもこの二場所で改めて自分の感性をセッティングやパーツ選択にもぶつけていくべきだと考え直しました。

「岐阜の転倒で交換した車輪の感触の良さ」や「同じ寸法でも感触が違うフレームがある」といったことを受けて、レースをしながら試行錯誤した結果、負けはしましたが共同通信社杯の決勝も準備不足に悔いることなくレースを走ることができました。

 岐阜で優勝した時、その結果に慢心せず「早く帰っていろいろな車輪を試してみたい」と思えたんです。その気持ちを大切にしながら、感性を信じて失敗を恐れず、自転車のセッティングや体調管理と向き合い終盤戦を戦って行こうと思います!

自分を信じてコンディションや環境の変化にも負けない“調整力”をさらに進化させる(撮影:島尻譲)

読者の方から寄せられた質問に答えます

 それでは今月も質問に答えていきたいと思います! 今月は3問の質問に答えていきます!

今回は3つの読者質問に真っ向勝負!(撮影:島尻譲)

ーー富山でもありましたが「決勝特別選手紹介」は気持ちが入ったりしますか?

 特別選手紹介の時はレースに気持ちが入ったりする感じの温度感ではないですね。「どんな人が観に来てくれるんだろう」と思って観客席を見ています。いつも応援に来てくれている人なら顔を覚えていますし「今日もあの人来てくれてるなあ」とかも考えますし、声をかけてくれる人を見ては「どんな感じの人が僕に声をかけてくれてるんだろう」とか気になっています。

 ちなみに僕は決勝ではあんまり気持ちが張り詰めないんですよね。準決勝が気持ち的に一番高ぶり、一番気合が入っています。富山決勝では思い切って腹を括ったレースをお見せできてよかったです!

ーー松浦選手のインタビューやSNSでの言動からはふわふわゆるい雰囲気を感じます。普段後輩に厳しくものを言ったりするのでしょうか?

 レースで感じたことがあれば必ず伝えますし、割とストレートにハッキリ言うタイプだと思います。指摘があればオブラートには包まないですし「もっとこうしたらよかったよね」と伝える時は具体的に言うことを心がけています。そのため、指摘の内容によってはキツく厳しく感じるかもしれません。

 でも叱るとか怒るとかは1度もないと思います。僕の脚質や考え方でアドバイスを言ったとしても相手に伝わるかどうかもわからないですし、その選手にとって本当に正しいのかどうかも本質的なところではわかりません。それを忘れず、感情的にならず、言葉を選びながら後輩選手とはやり取りしています。

ーーA級に落ちた時に選手としてのモチベーションは下がりませんでしたか? どのようなマインドコントロールでS班にまでなれたのか教えて欲しい。生きていく上での参考とお手本にしたいです。

 僕の話が何かの参考になれば嬉しいのですが、まずマインドコントロールは受けていません(笑)。おそらくメンタルのコントロールですよね!?

 A級へ落ちた時ってちょうどS級戦が楽しくなってきた頃でしたし、出場できるレースも制限されるので、競輪に対するモチベーションは下がりました。A級にいながら記念で優勝することは競輪の開催ルールの中では叶わないですし、S級の格上選手に負けたとしても、悔しさだけでなく楽しさもあったんですよね。

 でも目の前のレースを戦うモチベーションというのは下がらなかったです。競輪選手が僕の仕事であり、生活をかけています。「勝って賞金を持って帰るぞ!」という意識だけは下がりませんでした。そういう日々の中で「自分の弱さを知る」という経験を積むことができました。

 僕は当時の降級の話になると必ず言っていますが、A級に落ちて心から良かったと思っています。なぜならすべてが順風満帆な選手は本当の強さを得られないと考えてます。“弱いからする準備”の大切さや“弱いから立てる作戦”は強さに変わっていきます。この考え自体、A級の時代に学んだことです。

 どんなところにいても自分だけができる、その場所でしかできないことがあるはずです。後悔しないように精一杯やっていきましょう!

 それでは今月はこの辺で! 久留米記念も頑張ってきます!

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松浦悠士

Matuura Yuji

広島県広島市出身。日本競輪学校第98期卒。2010年7月熊本競輪場でレースデビュー。2016年の日本選手権競輪でGⅠ初出場、2019年の全日本選抜競輪では初のGⅠ決勝進出を果たす。2019年の競輪祭でGⅠ初優勝を飾り、同年KEIRINグランプリにも出場。2020年のオールスター競輪では脇本雄太との死闘を制し、優勝。自身2つ目のGⅠタイトルを獲得した。ファンの間ではスイーツ好き男子と知られており、SNSでは美味しいスイーツの数々を紹介している。

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