2025/08/29 (金) 12:00 3
江戸鷹の愛称でおなじみの競輪評論家・山口健治氏のコラム。今月は準特別競輪(現在のGII)の走りともいえる懐かしの“あの大会”がテーマ。当時の時代背景とともに振り返ります。
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みなさんこんにちは! 山口健治です! 先日終了したオールスター競輪は寺崎浩平のGI初優勝で幕を閉じた。いやー、それにしても決勝の近畿ラインは圧巻だった。赤板から突っ張った脇本雄太と、満身創痍の体でSを取り最後も寺崎に迫った古性優作はもちろん、4番手を固める南修二の威圧感というか存在感も大きかったと思う。もっともタイトルに近いと言われていた寺崎の優勝というのは全員が納得の結果ではないだろうか。
これで近畿は3人がグランプリ当確。南も賞金で狙える位置に付けている。いったい年末はどうなることやら。第1回女子オールスター競輪は佐藤水菜が衝撃的な強さで完全優勝を飾り、ガールズ初のグランプリスラムを達成。こちらはしばらく一強時代が続くだろう。
次のビッグレースは9月の共同通信社杯。この大会は比較的歴史が浅く、発足から最初の数年間は単発レースとして行われていた。できたばかりの時に私も出場したことがあるが、各地区の競走得点上位者が選ばれる一発勝負で、どちらかといえばイベント的な要素が強かったように記憶している。また当時はGIIというものがなく、GI以外のビッグレースを準特別競輪と呼んでいて、その中には「ふるさとダービー」という大きな大会があった。
ということで今回は「ふるさとダービー」、通称「ふるダビ」について語ってみようと思う。新しい競輪ファンの方には馴染みのない名前かもしれないが、調べたら1989年〜2008年まで行われていたようだ。
この大会ができた目的というのは「設備等の都合でGIが実施できない地方の競輪場で、大きなレースを行い、その地方を活性化させる」こと。当時はGIを開催できる競輪場が限られていたため、地方の競輪場などはGIクラスのトップレーサーを呼びたいと思っていても、なかなか難しかった。
また今のような場外発売というものもない時代で、車券は開催されている現場でしか買えなかった。全国からファンを集めるチャンスでもあり、その街にとっても財源を確保する貴重な機会だったため、施行者にとっては一大イベントだった。
私も何度も走らせてもらったが、その地域、その地域によってそれぞれの良さがあり、お客さんの熱気もとてもすごかった。実際、多くの場で売り上げの新記録を更新するなど「ふるダビ」は大盛況。地方を活性化させるという役割をしっかり果たしていた。
多くの売り上げがあったことで、宿舎や場内の施設、バンクの修理費などをまかなえただけではなく、多くの公共施設が競輪の売り上げによって新しく建てられたり、綺麗に生まれ変わったりしたと聞いている。特に地方の競輪場というのは古い造りの場所がほとんどだった。そこがふるダビの売り上げによって綺麗に再建されたようで、結果的にお客様にも還元され、多くの方に喜んでもらえたのではないかな。もちろん我々も競輪を通して社会に貢献できていたというのはとても嬉しく、そして誇らしい気持ちだったね。
最後のふるダビが行われた2008年頃には、場外車券売り場が全国各地にあり、また競輪全体の売り上げが下がってしまい、GIIを開催する費用に対して見返りが少なくなっていたこともあって、ふるダビの歴史は閉じたが、競輪界にとって大きな役割を果たした大会だったと思う。
さて、前述したとおり、現存する3つのシリーズ制GIIの一つ、共同通信社杯があと2週間ほどで開催される。今年の舞台は、脇本雄太、寺崎浩平の地元でもある福井競輪場。オールスターの勢いそのままに、またまた近畿勢がシリーズを席巻するのか。それとも他地区が意地を見せるのか。今から非常に楽しみだ。そして、まだまだ暑い日が続いています。みなさま、くれぐれも体調にはお気をつけください。
※(文中敬称略)
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山口健治
Kenji Yamaguchi
山口 健治(ヤマグチ ケンジ) 東京都荒川区出身 “ヤマケン”、“江戸鷹”の愛称で親しまれる元トップ競輪選手。兄を追い38期生として在所1位でデビューし、3年も経たずうちダービー王に輝く。その後は競輪祭を二度制覇し長らく活躍するも2009年に惜しまれつつ引退。現在はスポーツ報知の競輪評論家として活躍中。