深谷知広と近いけど…違う

　9月11日に青森競輪の「開設73周年みちのく記念善知鳥争奪戦(GIII)」の最終日が行われた。中野慎詞(23歳・岩手＝121期)はデビューからの連勝を準決まで「30」に伸ばして決勝進出。もしかして…と思わせて、最終日を迎えた。

　『30連勝』というインパクト。初の記念参戦で見せた力強さ。決勝では名うてのレーサーたちに手玉に取られてしまったものの、“中野慎詞”ってどのクラスの逸材なの…という話題に吹き荒れた。

　競輪界でいえば、直近最大のインパクトを与えたのは深谷知広(32歳・静岡＝96期)だ。デビューしてすぐ、「頂点」、という言葉が浮かび上がるほどだった。そして、S級に上がってちょこっとつまずくところは見せたが、2011年6月、前橋競輪場で開催された高松宮記念杯で、デビュー最速GⅠ優勝を飾った。「684日」と、それまでの吉岡稔真氏(引退＝65期)の719日の記録を塗り替えた。

　深谷は“怪童”と呼ばれ、ファンが見たことのない世界を創出していった。ある意味その走りは暴力的な強さで、中野はその点では違う(今のところ)。連勝というしがらみから解放されて、悪魔的な強さを見せてくれたら…と思う。

脇本雄太は違うけど…近い

　脇本雄太(33歳・福井＝94期)は今でこそ…の姿で、まったくもって叩き上げといっていい選手だ。確かに高校時代から、1kmタイムトライアルの優勝の実績がある…というエリート感はあっても、競輪選手としてデビューしてからは苦難ばかりの道のりを歩んできた。

　S級に上がるまで、固い畑を掘るような先行を続け、S級に上がってからは、シベリアの凍土を開拓するような先行を繰り返していた。

「そこに、花は、咲くの？ 」。

　しかし、脇本の先行を見ていて、とにかく多くの、いやすべての先輩選手たちが「必ず、咲く」と感じ、口にもしていた。その花の輝きは、今、見ての通り。雨の降らない場所で、一人泣き続け、その涙は花になった。

　中野には脇本のような下積みの時間はない。が、輝きで負けないような花の芽を持っているのは明らかだ。色は全く違うと思うが。

中野慎詞というインパクトを作り出せ！

　深谷がその爆発力で、世の中から求められていた最速のGI制覇にたどり着いた姿、脇本が競輪という浪花節とナショナルチーム、日本代表という荘厳な音楽の中で佇立するようになった姿の両方を中野は追いかける。

　追いかけることができる。

　いつも、時代による。「タキザワだよ」「ヨシオカが一番」「結局カミヤマだって、競輪は」「ムラカミが、いいよ」「シゲ、強烈だったんだよ」……。まだ中野に答えはない。ただ、ナカノコウイチ、という不世出の人物と名字が一緒なのは、因果。

　可能性だけがある。これからのナカノシンジのストーリーがある。始まったばかりーー。

将棋の藤井聡太竜王とは、どう？

　私はいわゆる“観る将”なので、藤井竜王との比較も、門外漢ではありながら書きたい。数字でいえば藤井竜王はデビューから29連勝。中野は上回る30連勝。ともに対戦相手も徐々に強くなっていく感じ(ざっくり言って)のものだが、難易度は藤井竜王が上だ。中野の対戦相手、あっせんの様子をみても、そう言える。

　ただし、まだ藤井竜王より下のインパクトと決めることはできない。9月16日開幕の「共同通信社杯(GII)」でどうなのか、また10月の世界との戦いでどうなのか、がある。正直、まだ世界のレベルには及んでいないと思うが、伸び盛るのがこれから。特に、青森記念の4日間で感じたことは23歳の男の体に、眠れないものを与えたと思う。

　将棋のタイトルを5つ保持し、タイトル獲得期はすでに10とした藤井竜王。そこに迫っていく、これからの中野の戦いがある。この時代を生きて、その戦いを見ることができることに、敬意を表したい。

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