2025/04/29(火) 12:00 0 7
現役時代、ロサンゼルス五輪で自転車トラック競技日本人初となるメダルを獲得し、競輪ではKEIRINグランプリやオールスター競輪といったビッグレースを制したレジェンド・坂本勉氏。“競輪”と“ケイリン”を知り尽くした坂本氏がナショナル勢の活躍を紐解き、ダービーの見どころを紹介します。(構成・netkeirin編集部)
29日から名古屋競輪場で「日本選手権競輪(GI)」が開催されます。S班9名の参戦もさることながら、そのS班と遜色ない競走得点を残しているのが寺崎浩平です。寺崎は今年2月の全日本選抜競輪と3月のウィナーズカップ、特別競輪はいずれも決勝進出を果たしています。今や同県の脇本雄太とともに、近畿ラインを牽引する原動力となっていますね。
その寺崎とナショナルチームで鎬を削っていたのが、太田海也や中野慎詞であり、今大会には山崎賢人や小原佑太、窪木一茂といった現在もナショナルチームに籍を置く選手たちも出場しています。またS班は脇本と新山響平は元ナショナルチームですね。そのほかに現S班ではありませんが、今年に入り記念シリーズで2勝(たちあおい賞争奪戦、金鯱賞争奪戦)をあげている深谷知広も2021年までナショナルチームに在籍していた選手です。新旧問わず、ナショナル勢が現在の競輪界のレベルアップを図っているとも言えるでしょう。
自分の現役時代はオリンピックをはじめ自転車競技の「ケイリン」と国内かつ漢字の「競輪」は別物といった考え方がありました。当時は「ナショナルチーム」とはいえ、基本的には個々の練習がメインでした。年に何度か集まって合同練習する程度で、次第にイギリスやドイツといった自転車競技の強豪国との差はどんどん開いていきました。
そんな中、“来たるべき大会”に備えることの重要性が紐解かれていき、「1年を通じてのトレーニングスケジュール」で強化することも求められるようになっていきました。これが今のナショナルチームのあらましですね。選手たちは必然的に競輪の開催をメインとせず、あくまでも「練習がメイン」といった生活になります。競輪には参加できなくなってしまうのですが、『強化費』などは競輪の売り上げから補われていますし、ナショナルチームの選手たちは練習や試合に集中・専念できるようになりました。
ナショナルチームは学生時代から自転車競技で優れた成績を残している選手だけが選抜されるわけではありません。現在は養成所のプログラムの中に「ケイリン」を強化するトレーニングが組まれているんですよね。その中で高い数値を残している候補生に「競技をやってみる気はないか?」と打診する流れがあります。
『オリンピック出場』に魅力を感じる候補生がいればナショナルチームに合流し、競輪選手としてデビューしてからもチームの練習を並行していくというわけです。最近では「元々自転車競技をやってきた」という候補生が数多く見受けられるようになりました。中野慎詞はインターハイやインカレでも優秀な成績を残していましたし、大学生の頃からナショナルチームに所属していました。
一方で、ナショナルチームには「適性組」もいます。太田海也や山崎賢人は他のスポーツ競技から養成所に入り、そこから本格的に自転車競技を始めました。日々のトレーニングで自転車競技選手としての適性を見出だしていく必要がありますが、みなさんもご存知のとおりで、太田は日本代表としてパリ五輪に出場していますし、山崎賢人は世界選手権を舞台に金メダルを獲得しています。国際大会でも優れた成績を残す選手になっているのです。
ナショナルチームの選手たちは通称「大ギア」で練習していることもあり、競輪でもその脚力でスピードの違いを見せていますよね。ただ「スピードだけでは勝てないのが競輪」です。国際大会でメダルを取っている現ナショナルチームを見ても誰も特別競輪を制していません。なぜでしょうか。それは端的に言えば「ルールの違い」が最も大きいです。ケイリンはライン戦のない個人競技で、「ヨコの動きは禁止」とされています。レース人数もケイリンが6名、競輪は9名です。展開の複雑さは結構違うんですよね。
加えて、競輪では「能力のある選手に自分のレースをさせない」ことを考えて、個ではなくラインで作戦を立てることもできます。こうした駆け引きが競輪の面白さと言えるでしょう。私は競技も競輪もやってきましたが、ラインの力で勝てた時の感覚として、競技とは違った“嬉しさ”を感じていました。
また勝てない理由の大きな要素として、ナショナルチームの選手たちはスピード能力に秀でているために、「ラインの先頭」を任されるケースが必然的に多くなります。番手に力のある選手が入ってしまうと、結果的に勝ち切れないレースになりますし、特別競輪ともなれば後ろの選手も相当強い。脚力があるから先頭を任されるわけですが、勝ち切るのは至難の業です。
ナショナルチームのコーチ陣からすれば「勝つためには先行しない方がいい」と思ったりもするでしょう。でも競輪のライン戦という性質があるので、なかなかそうもいきません。地元の格上の先輩たちを相手に「自分は先行しません!」とは言い切れないでしょうし、番手の選手が仕事をしてくれるからこそ先行して押し切れるレースも体感することになるので。
改めてケイリンと競輪の両立を図るのは難しいと思います。でも今のナショナルチームに所属する選手たちは、両立の可能性を秘めている実力があります。本当の意味で「二刀流」となる可能性は充分です。
ナショナルチームの選手たちは共通して“ヨコの動き”が苦手です。これはヨコの動きにまつわる練習を一切していないからです。もっといえば練習をしていないというよりも、そもそも「禁止行為」なんですよね。ヨコだけではなく、他の選手の動きを妨害するような動きがルール上で禁じられているのです。
また国際試合を戦い抜くうえでケガは何より大敵です。レースでも競輪でも接触してケガをしてしまうと調整に狂いが生じるので、ヨコの動きに対する考え方は競技選手と競輪選手で異なるものがあると言えるでしょう。
脇本も競られると弱さを見せますが、後方からカマシていくタテ脚のスピードは段違いで驚異的です。先日の桜花賞・海老澤清杯でもバンクレコードを樹立していましたしね。このように「スピード勝負」となれば、桁違いの強さを見せるのが新旧のナショナルチームとなります。「ヨコではなくタテ」という特徴が色濃いんです。
寺崎も脇本からアドバイスをもらっているからか、自分のタテ脚をどう生かしていくか? といった課題にうまく対応している印象です。そういった走りができているのが最近の活躍に繋がっているのでしょう。太田も中野も寺崎や脇本に引けを取らない脚力はあると思いますし、楽しみな存在です。
ちなみに太田と中野は同じ121期で五輪組というのも一緒ですが、2人のレースぶりは全く異なります。太田は「この位置から先行していく」といった意欲がレースに現れているタイプです。でも中野は競技生活が長いからでしょうか、常に「進路を探しているようなレース」をします。
太田の場合、勝つ時は豪快であり、負けた時にも力を出し切ったので仕方ないというレースになります。でも中野は脚を余したレースになることも多く、「どこか勿体ない」とも思う時があります。中野の関してはまだまだ思い切った走りをしていい時期だと思いますし、そうなれば後ろの選手たちからの信頼も深まります。その積み重ねを続ければ結果的にはどの大会でも強いラインを組めるはずなんです。
ここまでナショナルに焦点を当てて書いてきましたが、現在の競輪選手は新旧のナショナル勢に対抗できるようなタテ脚を持っている選手もいます。S班を見れば古性優作や郡司浩平、眞杉匠などはヨコの動きも強い。旧S班の松浦悠士もタテ脚とヨコの動きが揃ったオールマイティな選手と言えるでしょう。
寺崎は同じ近畿地区に脇本や古性がいますし、太田は中四国地区の括りでは松浦に加えて、S班犬伏湧也、清水裕友と上位選手がいます。層の厚い地区です。中野も北日本地区には同じ先行選手の新山響平がおり、番手の仕事ができる選手も多数揃っています。
そういった構図を踏まえて、寺崎と太田、中野の3人の中で日本選手権競輪の優勝に最も近いと思えるのは、直近の競輪で確かな実績を残している寺崎でしょう。寺崎は近畿ラインをここ数年に渡って引っ張ってきた実績が大きいです。しかも特別競輪「常連」、決勝の常連になる実力も付けてきました。
今年は既に脇本が全日本選抜競輪を、古性もウィナーズカップを優勝しています。脇本は当確、古性もほぼほぼ年末のグランプリの出場は堅いでしょう。
脇本も古性も「次は寺崎の番だ」という考えを持っているはずです。もしもこの名古屋ダービーで3人ともに決勝へ勝ち進むならば、脇本も古性も寺崎の意向を反映したライン構成やレースの組み立てを優先して考えるでしょう。寺崎はケイリンで「自分の勝つレース」に専念して磨いてきた選手です。その武器を最大限発揮できる展開になればいよいよチャンスだと思いますし、楽しみです。
そして太田や中野も今年1年は競輪選手として力を注げる1年となります。次のオリンピックは2028年のロサンゼルス大会となりますが、来年以降は自転車競技の国際試合でポイントを獲得していかなくてはいけないので、競輪のレースよりも国際大会や練習に割く時間が今年よりも圧倒的に増えます。
未来のオリンピックでメダリストになるかもしれない2人です。競輪で存分に力を発揮できるのはひとまずは今年いっぱいとなりそうなだけに、ダービーでは実力を見せて欲しい。みなさんもオリンピアンの走りにご注目ください。
●坂本勉(さかもと・つとむ)
1984年、ロサンゼルス五輪に出場し銅メダル獲得。日本の自転車競技史に初めてメダルをもたらし、“ロサンゼルスの超特急”の異名を持つ。2011年に競輪選手を引退したのち、自転車競技日本代表コーチに就任し、2014年にはヘッドコーチとして指導にあたる。また2021年東京五輪の男子ケイリン種目ではペーサーも務めた。自転車トラック競技の歴史を切り開いた第一人者であり、実績・キャリアともに唯一無二の存在。また、競輪選手としても華麗なる実績を誇り、1990年にKEIRINグランプリ、1989年と1991年にはオールスター競輪の覇者となった。現在は競輪、自転車競技、PIST6と多方面で解説者として活躍中。展開予想と買い目指南は非常にわかりやすく、初心者から玄人まで楽しめる丁寧な解説に定評がある。