2022/04/12(火) 18:00 0 3
現役時代、ロサンゼルス五輪で自転車トラック競技日本人初となるメダルを獲得し、競輪ではKEIRINグランプリやオールスター競輪といったビッグレースを制したレジェンド・坂本勉氏。“競輪”と“ケイリン”を知り尽くした坂本氏が、新ケイリン「PIST6」のレースを振り返ります。(月2回・不定期連載)
netkeirinをご覧のみなさん、坂本勉です。3月20日から新型コロナウイルスの影響を受けて開催中止となっていたPIST6ですが、4月9日・10日の「PIST6 Championship 2022-23」ファーストクォーター ラウンド2から再開。いよいよ新シーズンとなる2022-23がスタートしました。
今回は9日・10日に行われた「ファーストクォーター ラウンド2」の決勝レースを回顧していきたいと思います。
【ファーストクォーター ラウンド2 決勝レース動画】
今開催の出場メンバーを見た時「レベルの高い争いになりそうだな」と思いました。その中でも抜けた存在を挙げるなら2節連続して完全優勝を決めている神山拓弥と言えるでしょう。また、瓜生崇智や晝田宗一郎といった若手選手も優勝実績があります。
そこに漢字の“競輪”の頂点である「KEIRINグランプリ」を制した和田健太郎が初参戦してくれば、ロンドン、リオデジャネイロと2度に渡って五輪へ出場している中川誠一郎も2度目の参戦。
そのほかの選手たちも決勝常連選手が名を連ねていました。準決勝では神山、瓜生、晝田が敗れたどころか、決勝進出するための2着にも入れなかったほどです。
一方、タイムトライアルで1位かつ予選から3連勝、この決勝レースでも1番人気の支持を集めていたのが中川誠一郎です。自分が自転車競技日本代表コーチを務めていた頃、ナショナルチームの一員として中川には指導を行っていました。彼のずば抜けたトップスピードにも証明された能力の高さは言うまでもありません。
ただ中川はタイプ的にはスロースタータータイプで、予選から徐々に自分を盛り上げ気持ちを高めていくようなところがあります。練習でも気持ちの乗っていない時には、本来の力が発揮できなかった一方で「この一本で決める!」といった時の集中力と走りは素晴らしいものがあります。今節も予選よりも準決勝、準決勝よりも決勝、と勝ち上がりが進むにつれて走りが良くなっていきましたね。
中川は1次予選では残り1周での捲りと危なげない内容でしたが、本人がスイッチを入れ替えたのは2次予選だったのではないでしょうか。残り1周で4番手と絶望的な展開に見えましたが、最後は大外から捲り切り“力の違い”を見せつけました。しかし、2次予選のレースを走り、250バンクは捲りだけでは勝ち切れないと、改めて思ったはずです。
もともと中川はナショナルチーム時代から250バンクは走り慣れています。初日からの修正を結果で現しているのが準決勝のレース。1枠の利を生かし、先行しての押し切り。この準決勝で見せた積極性は、決勝のレースにも繋がっていると思います。
さて、決勝ですが中川は4枠からのスタートとなりました。最内枠を引いた地元の和田が前々でレースを進めていきましたが、2着となった準決勝と同様に中川に先行させて、その後ろを狙っていたと思います。
残り3周で前を行く和田を抑えにかかろうとしたのが6枠の中島詩音でしたが、その動きを見た和田は突っ張りを図ります。そこで先に動き出したのが、和田の後ろにいた佐々木豪でした。
佐々木は和田を交わして先頭に立ちながらも、常に中川がどこから捲ってくるかを気にしていたと思います。同じように中川より先着するには、前の位置でレースを進めなければいけないと思っていた市本隆司も、残り周で和田の後ろから外に進路を向けていきます。
ここで一瞬ペースが緩んだのを見逃さなかったのが中川です。残り1周半で一気に仕掛けていくと、そこから後続との差をみるみる広げていきます。スピードの違いはもとより、ナショナルチームの練習も含めて250バンクを10年近く走ってきた経験、オリンピックといった高いレベルの大会で培ってきた勘の良さもあったのでしょう。
優勝を決め、その後の表彰式インタビューで「(自転車トラック)競技をやってきた人間なので、優勝できて良かったです」と中川は話しました。やはり“ケイリン”のルールで行われるPIST6で、オリンピックに2度も出場した自分が負けられないというプライドがあったと思います。
初出場ながらも、3着に入ったのが和田でした。タイムトライアルこそ、そこまでの時計は出ていませんでしたが、地元ということで、この250バンクは普段から練習もしているはず。その成果も発揮されたのでしょう。
また、準決勝では中川の番手を取り、最後の直線では外から捲りあげてきた瓜生と、身体をぶつけ合いながらの並走。PIST6のルールだと失格になるのではと思うほどでしたが、そこは追い込み選手の本能が出たのかもしれません(笑)。
ただ、ここで2着となったことで、決勝進出も果たせましたし、その決勝では1番車の利を生かして3着に入着と、地元の意地を見せてくれたと思います。
4着に入った中島は準決勝まですべて先行しての3連勝。決勝も最外枠の不利を跳ねのけるかのように、早めに動き出しを図っていました。しかし決勝常連の実力者が揃った今回はプラン通りのレースをさせてもらえませんでしたね。
中川が残り1周半で上がっていた時、中島はすぐ後ろの“絶好の位置”だったにも関わらず、あっという間に引き離されました。それもまた、オリンピアンだった中川との脚力を含めた総合力の違いが如実にあらわれた結果になったと思います。
中川しかいませんね。PIST6の舞台でオリンピアンが2度も負けるわけにはいかないというプレッシャーもあったかと思います。そのプレッシャーを跳ね除けるどころか、むしろ格の違いさえ見せつけるような走りは、まさに今開催の王者と呼ぶに相応しいものでした。
●坂本勉(さかもと・つとむ)
1984年、ロサンゼルス五輪に出場し銅メダル獲得。日本の自転車競技史に初めてメダルをもたらし、“ロサンゼルスの超特急”の異名を持つ。2011年に競輪選手を引退したのち、自転車競技日本代表コーチに就任し、2014年にはヘッドコーチとして指導にあたる。また2021年東京五輪の男子ケイリン種目ではペーサーも務めた。自転車トラック競技の歴史を切り開いた第一人者であり、実績・キャリアともに唯一無二の存在。また、競輪選手としても華麗なる実績を誇り、1990年にKEIRINグランプリ、1989年と1991年にはオールスター競輪の覇者となった。現在は競輪、自転車競技、PIST6と多方面で解説者として活躍中。展開予想と買い目指南は非常にわかりやすく、初心者から玄人まで楽しめる丁寧な解説に定評がある。