2025/02/05(水) 12:00 0 17
2月21日から今年最初のGI「全日本選抜競輪」が開催される豊橋競輪場。昨年9月に公開した斬新な開催ポスターが話題となっている。競輪ファンにフォーカスし、渋い写真とリアルなセリフが印象的なこのポスターの誕生秘話や、豊橋競輪場を盛り上げるためのさまざまな取り組みについて担当者に話を伺った。(取材・構成=netkeirin編集部)
昨年9月に公開された豊橋競輪場のポスター。どアップで映されている年配男性は、実際の競輪場の来場客だ。まるで昭和の映画のようなモノクロ写真で、渋い風貌が際立っている。
実際に競輪場に足を運んだことがある方ならわかると思うが、本場の主な客層はシルバー層だ。ネット投票の普及で若い世代の競輪ファンも増えているものの、本場に足を運ぶ人はまだ多くはない。
本場への集客にはクリーンで明るいイメージを求めてしまいがちにも思えるが、このポスターは“リアル”を突きつけている。その誕生秘話を、豊橋競輪の杉山さんに伺った。
「今回ポスターを新しくするにあたって、いくつか候補がありました。その中でも、正直一番ハードルが高いと感じていたのがこの企画でした。ギャンブル場ですし、お客様個人の顔がいろんなところに出てしまうというのは、受け入れられるのだろうかと」
当初の案では、この『お客様をモデルにした企画』が最も難易度が高いと感じていたという。懸念はいくつもあったが、杉山さんら担当者は“挑戦”することを選んだ。8月、事前告知なしで取材・撮影を敢行すると、来場客は意外な反応を示した。
「そもそも撮影に応じてくれるお客様がいるのかと不安に思っていました。1人、2人でも撮れればいいなと…。でも実際始まってみるとお客様のほうから『写りたい』と言ってもらえて、最終的に十数名のお客様に協力していただけました」
予想外の結果に驚きと喜びを感じたという杉山さん。さらに、このポスターのキャッチコピーとなっているのは、実際のお客様の声である。
「撮影に協力してもらった方に取材をお願いしたのですが、かなり協力的に受けていただけました。車券を買いに来ているのに時間を取っていただけて、ありがたかったです」
取材では『競輪を好きになったきっかけ』などから、自然な流れで話が弾んだ。2025年1月時点で公開されているポスターは3種類。それぞれのキャッチコピーも印象的で、味わいがある。
『競輪は真剣にやるんだよ。真剣にやっても勝てないんだから。』
『競輪は死ぬまでやるよ。お小遣いの範囲で。』
『二人で頭を使って、一日遊んで。だったら、負けてもいいじゃない。』
モデルとなった方の人柄がにじみ出た、生きた言葉。日頃から競輪に親しんでいる人には、共感できる部分も多いだろう。ギャンブルであるため『勝ち負け』はつきもので、いい思いばかりしている人はそう多くはないだろう。競輪場のポスターとして、扱うワード選びには葛藤もあった。
「“勝てない”とか“負け”をイメージさせる言葉は普通使わないですよね。我々もそういった言葉を出すと苦情が届くのではないかという懸念はありましたが、実際はそういったことはありませんでした」
公開すると、たちまちメディアやSNSを通じて話題となった。杉山さんは「この反響には正直驚いています。いつも通りの開催告知のポスターとして出来上がっていくものだと思っていたので…」と頭をかく。
今後も2か月ごとに新作が登場するという。編集部も“競輪ファンの大先輩”からどんなチャーミングな言葉が聞けるのか、楽しみだ。
今回のポスターリニューアル以前には、地元選手を起用したユニークなパロディポスターが競輪ファンの間で話題だった。こういった遊び心ある企画が行えるのも施行者と選手会の関係性があるからこそで、記念などの大きな開催ではブース出展やイベントなどを協力して行っている。
さらにSNSでの発信も活発で、さまざまな取り組みで異彩を放っている印象のある豊橋競輪。その背景には、担当者の裁量が大きくフットワーク軽く新しいことに挑戦できる環境があるようだ。
選手育成にも力を入れており、2016年からは『T-GUP(豊橋ガールズケイリン育成プロジェクト)』で選手層を厚くする取り組みをスタート。現役選手の指導のもと養成所合格を目指す、“競輪予備校”のようなシステムだ。
8年間で14人が日本競輪選手養成所(旧・日本競輪学校)に合格し、豊橋に所属するガールズケイリン選手のほぼ全員がT-GUP出身という成果を挙げた。そして2024年からはT-GUPを『豊橋グランプリレーサー育成プロジェクト』と改め、男子選手も含めた育成に乗り出している。
豊橋競輪の酒井さんは「市外、県外からも応募があり、2024年から8名が訓練生になりました。一次試験(技能)の対策は現役選手のコーチ3名(白井一機、鈴木伸之、佐々木恵理)が指導し、養成所の合格ラインのタイムを目指します。二次試験(筆記・面接)対策は私たち施行者も含め、勉強を教えたり面接の練習を行ったり、サポートしています」と話す。実務で採用を行っている管理職が面接のアドバイスを行うなど、選手と施行者が一丸となって強力にサポートし、選手育成に取り組む。
豊橋が生んだグランプリレーサーといえば2013年覇者・金子貴志とその弟子でグランプリ6回出場の深谷知広(現在は静岡所属)がいる。T-GUPを経て、豊橋から頂点へ上り詰める選手の登場に期待したい。
競輪に携わる人々がそれぞれの立場で、共に地元を盛り上げるため多角的な取り組みを行っている豊橋競輪。その一体感はどこから生まれるのだろうか。
「過去、赤字で存続の危機がありました。なんとか豊橋競輪を継続していこう、一体となって頑張ろう、という意識はおそらくそこから始まっていると思います」と酒井さんは言う。
1949年に中部地区で初の競輪場として開設された豊橋競輪場は、2002年に当時の市長が競輪事業廃止を表明、存続危機に陥った。廃止は撤回されたが、その裏には競輪に携わる者たちの血のにじむような努力があった。そして直後の2003年度に黒字転換に成功し、2005年には特別競輪『ふるさとダービー』を招致したという歴史がある。
2月21日から行われる『全日本選抜競輪』は、豊橋競輪にとって5年ぶり2回目のGIだ。「競輪場のある毎日は当たり前ではない」ということを身をもって知った人たちの“イズム”を継ぎ、今日も挑戦を続ける豊橋競輪場。GIでも来場者を笑顔にするため、さまざまな催しの準備が進められている。ぜひ、全国の競輪ファンに足を運んでいただきたいと思う。