2023/02/09(木) 11:34
愛知県稲沢市の「ワイルドネイチャープラザ」で1月15日、シクロクロスの全日本選手権が開催された。起伏に富んだ長い砂セクションが特徴的なコースであり、全日本選手権の会場として使用されるのは今回が初めてだ。
※シクロクロス全日本選手権2023(女子エリート)のレポートはこちら
「ワイルドネイチャープラザ」で開催された全日本選手権。長い砂セクションが選手を苦しめる
注目の男子エリートは、14時45分にスタートする。この日は好天に恵まれ、路面はしっかりと乾き、砂セクションの砂も、完全なドライコンディション。ホームストレートも長く、スピードレースになることが多いコースだが、同日の女子のレースを見る限り、上位陣は相当の速さで駆け抜けることが予想された。
スタートが近づき、選手が呼び出しエリアに集まってきた。今年の本命は、なんと言っても今季負けなし、11連勝中の織田聖(弱虫ペダルサイクリングチーム)。どのようなコースでも強さを発揮し、パワー、スピード、テクニック、どれをとってもトップを走っている。砂セクションにも強さを見せ、同会場の他のレースでも独走優勝を遂げており、今回のレースは、誰が勝つかというより、織田に誰かが勝てるのかというところが、争点になるようにも思えた。この無敵の織田であるが、いまだエリートカテゴリーで優勝はしていない。好調な今季、なんとしても手中に収めておきたいタイトルだと言えよう。
大本命は織田聖(弱虫ペダルサイクリングチーム)。大きな期待とプレッシャーを背負っての出走だ
織田に挑める選手としては、沢田時(宇都宮ブリッツェン)だろう。シクロクロス、MTB(クロスカントリー)でも全日本王者のタイトルを持ち、今季はロードでも頭角を見せた。ロードレースでの骨折からの回復に時間を有したため、MTBの全日本選手権への参戦は見送り、このシクロクロスの全日本に懸け、調整を進めてきたという。
今年移籍した沢田時(右/宇都宮ブリッツェン)と、今季所属チームから離れて挑む竹之内悠(左/Cinelli-Vision)。バイクはチネリ本社が竹之内のために作ったもの
ディフェンディングチャンピオンの小坂光(宇都宮ブリッツェン)は、なみなみならぬ熱意でこのレースに向けて準備してきたが、3週間前に右の上腕骨を骨折。驚異の回復で、全日本出場は叶えたが、実戦となると、実力をフルに発揮できるコンディションではないことが予想された。「1人の挑戦者として勝利を目指して臨みます」とコメントを出している。
小坂光(右/宇都宮ブリッツェン)は右の上腕骨骨折後、異例の短期療養でリスク覚悟の上で出走を決めた
もうひとり注目するなら、竹之内悠(Cinelli-Vision)だろう。ジュニア時代から世界選手権の日本代表に選抜され、本場のレースも多く転戦してきた。海外でのレース経験は誰よりも豊富だ。年齢としては小坂と同期。ヨーロッパのタフなコースにも挑んできた竹之内が、そのテクニックと勝負勘を発揮すれば、織田に挑むことは十分可能だろう。
スタートラインに並んだのは、51名の選手。ついに号砲が鳴り、決戦の火ぶたが切られた。
スタート。沢田がやや先行している
選手が一斉に飛び出したが、長いホームストレートの中で、早くも2回もの接触と転倒が起きてしまう。これらの転倒に巻き込まれ、大幅に順位を落とし、絶望的なスタートとなった選手も。
最初のホームストレートで転倒や接触が発生
この状況下でも、しっかりと先頭で第1コーナーを回ったのは、沢田だった。表彰台候補の選手は、着実にコーナーを回っていく。沢田はそのまま先頭を走った。
シケイン(障害物)をバニーホップでクリア、タイム差を詰める織田
先頭を走る沢田。後ろにはぴたりと織田が付き、横山航太(シマノレーシング)ら主力選手が後に続く
すぐに優勝候補の織田が動いた。フィジカルに自信のある織田は、堂々と先頭に立ち、ハイスピードで駆け抜けていく。沢田は織田に食らいつき、すぐ後ろにつけた。先頭を飛ばす2人。そして、過去に優勝経験のある横山航太(シマノレーシング)や小坂、竹之内らがこの後に続いた。織田は砂区間で転倒したが、動揺も見せず、すぐに挽回してみせた。
織田の転倒後、沢田が先行したが、織田はすぐにその差を詰めた
再び織田が先頭に立った
2周目に入ると、織田と沢田の距離が開き始める。織田はシケイン(障害物)も降車せず、得意のバニーホップで跳んでクリアするなど小さなアドバンテージを積み重ね、少しずつ、沢田との差を引き離しにかかった。沢田は10秒程度のタイム差で織田を追い、その後に竹之内、小坂、横山のグループが続く。
織田はこの日、最速のラップタイムで先頭を独走。4周目に入る頃には、沢田との差も30秒近く開いていた。
リードを広げる織田
沢田も懸命に走るが、先頭との差を埋めることができない。レース中盤から雨が降り始め、路面状態を大きく変えるほどの雨ではなかったが、気温が下がり始めた。
沢田も全力で追うが、織田との差を詰めることができなかった
織田は集中した表情で無駄なく砂セクションを走る
ディフェンディングチャンピオンとして、右の上腕骨の骨折を押し、出走した小坂も健闘を見せた
ここで織田が「砂セクションの速さ」を警戒していた竹之内が、存在感を発揮する。ヨーロッパ仕込みのテクニックで、砂セクションをスルスルと軽快に走る竹之内は、単独で3位の位置に上がり、周回を追うごとに、沢田との差を詰めていた。ラスト3周の時点で、沢田との差は10秒。そして、ラスト2周、ついに竹之内が沢田に迫った。
この日、誰よりも軽快に砂セクションを走った竹之内
この間にも、織田はレベル違いのラップタイムで先頭を駆け抜け、さらに沢田との差を開いていた。織田は、集中を途切らせることなく、ミスのない走りを続ける。最終周回に入ると、沢田が全力をかけたアタックを繰り出し、竹之内を引き離しにかかる。織田は、変わらず快走を続け、1分近い差を保ったまま、独走でホームストレートに現れた。ここまで連勝を重ねてきたレースと同じように、このシーズン最重要レースでも、最後まで独走で駆け抜け、これまで見せたことのない心からの笑顔を浮かべながら、トップでフィニッシュラインを越えた。
満面の笑顔で両手を突き上げ、フィニッシュする織田。プレッシャーに打ち克ち、見事に全日本初優勝を遂げた
今季負けなしと言っても、このシーズン最高峰のレースでは、大きなプレッシャーがかかったことだろう。その重圧も見事に跳ねのけ、優勝を勝ち取った織田は、大きな拍手に包まれていた。
沢田は2位でフィニッシュ。3位に竹之内が入った。男子エリートの完走は10名。骨折を押して出走した小坂も5位でフィニッシュし、健闘を称えるサポーターに大きな拍手で迎えられていた。
表彰前のテントで織田の優勝を祝福する沢田
織田、沢田、竹之内の表彰式。すばらしい走りだった
織田は「ようやくチャンピオンジャージを着られる」ことと、「今シーズン負けなしでヨーロッパに行ける」喜びをかみしめる。「オランダで開催される世界選手権でベストを尽くせるよう、調整をしたい」と抱負を語った。
沢田は悔しさをにじませたが、「織田選手が今日は強かった」と、ライバルの走りを称えた。今年より移籍したチームのサポーターの大きな声援を受けながら走り「こんなに応援してもらえるのか」と実感したという。「チームメイトとなった小坂と切磋琢磨しながら、来年はもっといい形で全日本に臨みたい」と、さらなる成長とリベンジを誓った。
互いの健闘を称え合う
織田の次戦は、ベルギーで開催される「X2Oトロフェー」。日本のチャンピオンジャージを着て臨む。参戦する選手たちのレベルも、コースのダイナミックさ、ハードさでも、あらゆる意味でヨーロッパのレースがタフなことは確かだが、絶好調の織田には、ぜひ全力で挑み、願わくは足跡を残して来てほしい。
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【結果】全日本シクロクロス選手権(2022-23)男子エリート
1位/織田聖(弱虫ペダルサイクリングチーム)1:02:35
2位/沢田時(宇都宮ブリッツェン)+0:58
3位/竹之内悠(Cinelli - Vision)+1:06
4位/横山航太(シマノレーシング)+2:09
5位/小坂光(宇都宮ブリッツェン)+2:39
画像:Satoshi ODA(P-Navi編集部)