2022/08/31(水) 18:00 0 2
現役時代、ロサンゼルス五輪で自転車トラック競技日本人初となるメダルを獲得し、競輪ではKEIRINグランプリやオールスター競輪といったビッグレースを制したレジェンド・坂本勉氏。“競輪”と“ケイリン”を知り尽くした坂本氏が、新ケイリン「PIST6」のレースを振り返ります。(月2回・不定期連載)
netkeirinをご覧のみなさん、坂本勉です。今回は8月28日・29日に行われた「PIST6 Championship 2022-23」サードクォーターラウンド1の決勝レースを回顧していきたいと思います。
【サードクォーター ラウンド1 決勝レース動画】
今ラウンドはPIST6初参加の選手も多く、その中から4人の選手が決勝へと勝ち上がりました。注目を集めていたのは、前検日のタイムトライアルで1位となる10秒065を記録していた橋本壮史です。橋本は初日の予選からスピードの違いを見せつけるかのような走りで、決勝へと進んできました。
橋本は自転車競技の経験者であり、初参加と言えどもPIST6が行われている250バンクは走り慣れたバンクでもあります。予選からの3連勝も納得がいくところでしたが、勝つためのレースに徹していたのか、すべてがホームからの捲りだったのが気になっていました。
同じように3連勝で決勝に進んできたのが、橋本と同じく初参加の太田龍希。そして「PIST6 Championship ZERO」ラウンド1を優勝していた根田空史です。その根田もまた、予選は捲りで勝ち上がってきたものの、早めにアクションを起こしていただけでなく、決勝の走りを意識していたかのように、準決勝では残り2周からの先行を見せています。
競技経験者の橋本と、PIST6優勝者の根田。同じ3連勝の2人でも「ひょっとしたらPIST6の経験で勝る根田の方が有利なのでは?」と思っていましたが、決勝は経験値の違いがそのまま結果として表れました。それでは決勝を振り返っていきたいと思います。
まずスタートの並びですが、インコースから⑥佐藤朋也②根田空史①橋本壮史⑤皿屋豊④太田龍希③村田瑞季となりました。
レースが動いたのは残り3周。最後方にいた村田が、先頭の佐藤を叩きに行きますが、その動きにすかさず反応したのが根田。根田の後ろにいた橋本も、佐藤を交わして3番手と絶好のポジションで残り2周を迎えます。
ただ、その橋本にホームで合わせてきたのが太田でした。太田は一次予選、準決勝で先行を見せており、初参加の若手らしい積極的なレースで勝ち上がってきています。その結果が3連勝という形によく表れていたと思います。そしてその太田ですが「ここで自分が仕掛けても、橋本は動き出さないだろう」という確信の中でレースを組み立てていたのではないかと思います。
捲りで3連勝を果たした橋本でしたが、勝つためのレースにこだわるあまり、仕掛けが遅いように見えました。それは根田もわかっていたはずです。橋本に目標とされるポジションだったにも関わらず、村田の動きにあわせて上がっていきました。
しかも、根田は村田の番手という『絶好のポジション』を得ましたが、太田が上がってくると見るや、村田を交わして『絶好のポジション』を離れ、先頭に立つレースを選択しています。根田は村田の後ろだけでなく、太田を先に行かせてその後ろから捲るという作戦でもよかったはず。それにも関わらず、自分がレースの主導権を握る判断をしたのは、橋本が捲りに入る前に動き出した方が勝機あり、と見たからでしょう。
一方、残り1周での捲りしか考えていなかった橋本は、残り2周で3番手に付けながらも、外を並走してきた太田、その後ろを回ってきた皿屋に阻まれる形で、捲りを仕掛けようとした時には5番手までポジションを下げてしまいます。予選ならばここから捲り切れたのでしょうが、力のある選手が揃った決勝では難しい。橋本は捲り切れずに外へと振られてしまいます。
苦戦を強いられている橋本を尻目に、前を行く根田の番手に付けたのが太田です。これも積極的に前々を取りに行った結果とも言えますが、ゴールでは1/4車輪捉え切れずの2着。充分に見せ場を作ったと思いますし、予選から力を出し切るようなレースを続けていけば、いつか優勝のチャンスも巡ってくると思える走りでした。
選手の心境を読むと、橋本はタイムトライアルも1位であり、250バンクにも慣れていたからこそ、この決勝でもどこかで“余裕”があったのかもしれません。決勝では競輪でも格上となる根田が前にいたわけですから、本来ならば自分が主導権を取る気で走らなければいけなかったと思います。例えば、残り2周半で根田を交わして先行体制に入っても良かったのかもしれませんね。
そういう選択をして根田に差されたとしても大きなレースを見せられたのならば、負けても評価は上がったはずです。そして何より橋本の脚力ならば、早めに仕掛けたとしてもそのまま押し切れたかもしれない。それだけに決勝は勿体ないレースだったように思います。
優勝した根田は今ラウンドから「新車を投入した」と記事で見ました。私が現役の頃を思えば、新車に変えるタイミングはそれまでのレースで流れが悪かった時です。根田もまたセカンドクォーターラウンド5の決勝で3着に敗れたことで、新車の投入を決めたのかもしれません。
また、根田は決勝レースに備えてサドルを1㎝下げ、ギアを少し上げたそうです。サドルは高さを上げると『踏み出した時に力が入りにくくなる一方、スピードが上がった時に高速回転が出やすい』というセッティングになります。
逆に、根田がしたようにサドルを下げると『踏み出した時に力が入りやすくダッシュが利く一方で、スピードを上げていくと一定のところで回転が出なくなる』という感じになります。どちらを選ぶかは選手自身の脚質と対戦相手を見て決めるのですが、結果的に根田はサドルを下げる選択をしました。先行していった決勝レースの作戦・走りにきっちりとセッティングがあっていたのでしょう。これは根田の経験がなし得た結果とも言えます。
橋本や太田といった初参加の選手が揃った今ラウンドは、その選手たちの積極的なレース運びが面白い開催となりました。そこにGIでも活躍している皿屋や竹内(雄作)のような実力者が250バンクでどのような走りを見せるかにも注目していました。
竹内はPIST6の流れに戸惑ったのか、普段の競輪で見せている先行を見せられずに、決勝進出とはなりませんでした。ただ、皿屋や竹内といった実力とネームバリューを備えた選手に、橋本や太田のような若手がこのバンクでどう挑んでいくかを見るのも、PIST6の見どころのひとつだと思います。
そこに根田のような優勝経験者が加わってくることで、さらに奥深い駆け引きが重要となっていきますし、ファンの皆さんにとっても、予想のしがいのあるレースが行われるようになっていきます。
勿論、根田空史です。これまでのレースで得た経験値を、この決勝で存分に発揮してくれました。新しいマシンの投入やセッティングも、結果として良かったのでしょうし、そのマシンは縁起物として大事にしてもらいたいですね(笑)。そして敢闘賞は決勝で課題が浮き彫りになったと言えど初出場で存在感を示し続けた橋本にあげたいと思います。今ラウンドを盛り上げたのは紛れもない事実であり、9秒台を期待させるタイムも出しています。橋本もまた、今回で得た経験値を次のPIST6に繋げてくるでしょうし、次戦がとても楽しみな選手です。
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●坂本勉(さかもと・つとむ)
1984年、ロサンゼルス五輪に出場し銅メダル獲得。日本の自転車競技史に初めてメダルをもたらし、“ロサンゼルスの超特急”の異名を持つ。2011年に競輪選手を引退したのち、自転車競技日本代表コーチに就任し、2014年にはヘッドコーチとして指導にあたる。また2021年東京五輪の男子ケイリン種目ではペーサーも務めた。自転車トラック競技の歴史を切り開いた第一人者であり、実績・キャリアともに唯一無二の存在。また、競輪選手としても華麗なる実績を誇り、1990年にKEIRINグランプリ、1989年と1991年にはオールスター競輪の覇者となった。現在は競輪、自転車競技、PIST6と多方面で解説者として活躍中。展開予想と買い目指南は非常にわかりやすく、初心者から玄人まで楽しめる丁寧な解説に定評がある。