春を待つSakura RollingHillsライド

2022/01/25(火) 16:47

春を待つSakura RollingHillsライド

福島(F)・茨城(I)・栃木(T)3県の那須岳・八溝山を中心とした県際地域と、阿武隈山系と八溝山系からなる、福島の県土約3分の1を占める阿武隈地域は、頭文字を合わせて「FIT阿武隈地域」と呼ばれる。豊かな自然と上質のグルメに恵まれ、観光に高いポテンシャルを持つこの地域は、里山や田園風景、森など心安らぐ景観が続き、ゆるやかな起伏が多いため、特にサイクリングに向いたエリアとして注目されている。首都東京から近いことも人気のゆえんと言えるだろう。このFIT阿武隈地域で提案されている4つのモデルコースのひとつを試走すると聞き、参加させていただいた。

今回走るのは「Sakura Rolling Hills」と名付けられた福島県の石川町と古殿町を走る40km強のコース。母畑温泉をスタート/ゴールにし、丘陵地帯を縫って走る。この地域には桜の名所が多く、コースは一本桜から桜並木まで、さまざまな桜を愛でられるように設計されている。もちろん春以外の季節でも、四季折々の里山の自然を楽しむことができるはずだ。

スタートは母畑温泉の「八幡屋」。行き届いたサービスと、温泉、料理を堪能できる人気宿だ。今回は那須に拠点を置き、さまざまなサイクリングツアーを運営するライドエクスペリエンスの山本徹也さんがガイドを務めてくれることになった。


スタートの八幡屋にて。渡邉社長や県庁の佐藤さんも見送りに来てくれた。玄関前の像のネコにあやかったポーズで

山本さんによれば、コース内には2つ上りがあるものの、勾配はそれほどきつくないとのこと。実はこの日は全国的に荒れた天気になっており、天気が急変する可能性があった。この地域にも朝まで雨が降っており、落葉が積もった路肩などは滑る可能性がある。気をつけながら、早めにゴールできるように少々行程をシンブルにしてスタートした。


川沿いに差し掛かる


坂の上に立つ高田桜。高さ17m、幹の直径1.9mという巨木だ。満開の時には圧巻の存在感を見せるという

まずは石川町中心街へ向かう。川沿いのルートを抜け、町役場のそばでストップした。皆の視線の先を追うと、坂の上に一本の大きな木が枝を広げて立っていた。なんという存在感! 「あれが、高田桜です」。桜を指差し、山本さんが教えてくれた。石川町は、2000本もの桜の木があると言われる桜の名所であるが、その中でもこの樹齢500年という長い歴史を持つ高田桜は、毎年多くの人々が愛でに集まる名物桜。この枝に花が咲いたら、夢のような景観が広がることだろう。


川沿いの桜並木を行く


「止マレ」?

近くを流れる北須川には桜並木が続いている。春にはどんな景観になるのだろう? そんな思いをはせながら川沿いを走る。ここから商店が並ぶ通りに出ようとしたところ、ある違いに気が付く。「止まれ」のサインがカタカナなのだ! 「とまれ」などの路面表示には国の統一規格はないそうで、地域の実情に合わせているそうなのだが、なぜここだけが「止マレ」だったのかは謎のままだ。こんな「発見」も楽しい。

続いてはお楽しみスポット。菓子店「お菓子のさかい」に立ち寄ろう。店に近づくにつれて、甘い香りが漂ってくる。店内に入ると、たくさんのパンやスイーツが並び、お客さんでにぎわっていた。


お菓子のさかいに到着!

ツヤツヤした焼きたてのパン、丁寧に仕上げられた焼き菓子、そしてショーケースに並ぶフォトジェニックな生ケーキ! どれも魅力的で、時間に余裕さえあれば、席についてゆっくり味わいたいところ。だが、天気の急変は怖い。泣く泣く、簡単に食べられるものとお土産用のスイーツを購入するのみとした。


かわいらしすぎて食べられない!? ラブリーなケーキたち


看板商品ブッセには、アマビエバージョンも!

悩み抜いて、看板商品である「幸せの黄色いブッセ」を選んだ。ふわふわのスポンジに、粒粒チーズ入りのフレッシュバターで仕上げられた人気商品だ。店を出て、すぐに味見したのだが、スポンジがしっとりしていて、ふわふわながらも独特の歯ごたえもあり、ほのかな塩味もアクセントになっている。お世辞を抜きにして、これまで食べたブッセの中で一番の味だったと思う。


ブッセやバウムケーキなどを購入。どれもおいしかった


桜並木が続く

「また来よう」と、個人的に心に決めながら先を急ぐ。川沿いの桜並木を、春の景色を思い浮かべながら進んだ。


登坂が始まった。勾配はさほど厳しくはなく、ひと安心

コース内、ひとつ目の上りが始まった。この辺りは、20年近く続いている「石川サイクルロードレース」のコースになっている。上りの勾配はそれほどきついわけではないが、設定された13.6kmの周回コースを8周回するという。同じ上りを8回もレーススピードで上るとは、考えただけで少々クラクラした。

ルート沿いには自然や田園風景が広がっており、ゆったり上る分には、気持ちよく走れる道だ。幸運なことに、まだ紅葉も残っており、色づいた葉が周囲の景観を赤や黄色に彩っていた。一同は、雨に濡れてはいても、どこかぬくもりを感じられる里山を堪能しながら進んでいった。


藁立てされた田の横を走る。稲が青々と茂る盛夏の風景も見てみたくなった

しばらく走ると、下りに差し掛かった。少し霧が出ていて、幻想的な雰囲気。森の間を抜けて下る。天に向かってまっすぐに伸びる針葉樹林は、どこか神々しかった。冷たい空気を切って走るのは爽快だ。


木々の間を抜けて走る。霧が出てきた

ふと気づくと、一行は隣接する古殿町に差し掛かっていた。田園風景を走ると、前方の山々に綿をかけたような霧がかかっている。神秘的な景観だ。晴天も美しいけれど、曇天でも、曇天ならではの風景を楽しむことができ、また違う魅力があるね、と話し合う。


ちぎった綿のように霧がかかる山々。仙人や神様が住んでいそうな不思議なオーラを放つ

ルートは川沿いにやってきた。伝説に名前の由来を置くという鮫川だ。この川沿いにも、見渡す限り桜が連なり植えられている。山と林と田園風景とポツポツ現れる家屋とが織りなす、日本人が持つ「昔話」のイメージにも近いのんびりとした景観を、春になれば桜が華やかに彩ることだろう。


桜並木が続く鮫川沿いを走る

昼食場所に到着。この日のランチは「小澤ファーム」という農家レストランでいただく。ごく一般の住宅に見える建物のドアをガラガラと開けると、中は土間が広がり、火が焚かれた囲炉裏には大鍋が用意され、温かい汁物が炊かれていた。タイムスリップしたような空間だ。


昼食会場が見えてきた! ごく普通の民家に見える

レストランの女将、啓子さんが笑顔で迎え入れてくれた。今まさに配膳を行っていたところだと言う。土間のテーブルの上にはお膳が並び、すでに煮物やおにぎりが並んでいた。「もうちょっと待っててね」と笑顔を見せる啓子さん。一行はくつろいで囲炉裏を囲み、心なつかしい空間での時間を楽しんだ。


囲炉裏にかかった大鍋から熱々の汁物をよそってくれる

昼食の用意が済み、着席するように促された。お膳には近くで採れた野菜やきのこ、食用菊の天ぷらや、煮物、山菜の煮付けなどが並んでいた。啓子さんが大きなお椀にたっぷりと汁物をよそってくれて、ひとりひとりに渡してくれる。野菜をふんだんに使った気取らない汁物には、うどんが入っているようだ。大ぶりのツヤツヤのおにぎりは、「悩んだんだけど、せっかくの新米だから、塩にぎりにしたのよ」と微笑む啓子さん。とれたての新米の塩にぎりなんて、最高のごちそうじゃないか。


心尽くしの料理が並ぶ


汁物にはうどんが隠されていた!

それぞれの食材に合わせて調理されたどの料理にも、もてなしの想いが込められているように感じる。素材も新鮮で味が濃く、くし切りのたまねぎの甘さに感動したり、菊の天ぷらに秋を感じたりと、ひとつひとつをありがたくいただいた。聞けば、春にはさくらの花を天ぷらにして出すこともあるという。季節を食卓に盛り込むという日本文化の良さを再確認した。


寒天や餅、フルーツと素朴だが、目にも美しいデザート

食事を食べ始めたころ、外が暗くなり、激しい雨が降り出した。立ち寄り中だったことに、胸を撫で下ろす。雨宿りも兼ねて、少しゆっくりさせてもらおう。


啓子さん手作りの桜茶。お湯を注ぐとふわりと広がる桜の花びらが美しい

話題は、古殿町の桜の話に。桜の木が並ぶ鮫川沿いに加え、周辺には多くの桜の木があり、啓子さんはその1000本を超える桜の木の数も数えたことがあるという。ますます、桜の開花時期に再訪したい気持ちが募る。話を弾ませているうちに雨が上がり、晴れ間も見えてきた。


ごちそうさまでした! 雨も上がり、笑顔で再スタート!

居心地がよく、すっかり長居してしまったが、ライドの後半に戻ろう。この「小澤ファーム」はルートのちょうど中間地点にあたり、この後一番大きな峠が控えている。再度自転車に乗り、雨に濡れて輝く秋の景観の中へとこぎ出した。


豊国酒造。この日は天候不安から外観の見学のみに留めることになった

ほどなく、大きな杉玉が下がった、蔵のような建物の前に出た。「これが豊国酒造です」と山本さん。1840年代に創業したと言われるこの酒造会社は、阿武隈の豊かな水を使い、会津杜氏伝承の技を基本とした酒造りを続けてきているという。この日は当初特別に酒蔵を見学できる予定だったのだが、悪天候になるリスクが大きかったため、急遽見送ることになっていた。残念だが、まだ20km以上行程が残っている。先ほどの雨からしても、まだまだ安心はできず、訪問は次の機会に見送ろう。

古殿町内を走る。交通量も少なくて走りやすい。3kmほど走ると、山本さんは脇道に入り、自転車を止め「古殿八幡神社です。ここがあの流鏑馬をやる道です」と弓を射るジェスチャーをして見せた。流鏑馬とは、古式の盛装をした騎士が、馬で駆けながら3つの的を矢で射る伝統の神事。平安中期から続いているらしい。筆者も何回かメディアで見たことがあったが、こんな狭く短いルート内で射っていたとは! まさに神業だ。


黄金色のイチョウの葉で染まる古殿八幡神社

自転車を押し歩き、神社のそばに停めた。神社にはイチョウの大木があり、境内は輝くように鮮やかな黄色い落葉で埋め尽くされていた。このイチョウの樹齢は400年とのこと。長い間ここで流鏑馬や時代の移り変わりを見守ってきたのだろう。

再スタート。ここからヒルクライムが始まる。峠を越え、ゴールを目指そう。
じわじわと登り始めた。日没が早いためか、天候のせいか、少し暗くなってきているようにも感じた。ルートは、趣のある森や田園風景の中を抜けて行った。自分の呼気だけが聞こえてくるような静かな空間が続く。勾配がきつい箇所もあったが、長くは続かず、平坦に近い場所や、下り区間も現れる。紅葉も随所に残っており、黄色や赤色の葉や、たわわに実った柿のオレンジが心を和ませてくれる。進むごとにさまざまな表情を見せる秋の風景を楽しみながら走行を続ける。


印象深い景観が広がる田園風景を抜けていく


どこか懐かしい景観が続く

上りを越えたところで、山本さんが止まった。「これが幸右衛門櫻です」と、大きな一本桜を指さした。墓地の際に立つこの大きな桜には言われがある。江戸時代に幸右衛門という方がここで狼に襲われたが、この木の上に登って、自分のふんどしに火を点け、それを振り回して狼を追い払い、そのままこの木の上で一夜を過ごして命を守ったのだという。想像していなかった種類のストーリーにキョトンとし、思わず笑ってしまった。


狼から逃れるために登り、一夜を明かしたと言われる幸右衛門櫻

どうやって火を点けたのか? 燃え尽きるまでに狼は退散したのか? 疑問でいっぱいになる。そもそも美しい桜にはそぐわないように思える種類の話だが、桜自体は、とても華やかで美しいらしい。逆に興味をそそられた。

ここまで来れば、もうゴールは近い。登坂もそろそろ終わりになるようだ。ゴールには、あたたかい温泉が待っている!
残された2kmは下り基調。気持ちのいい田園風景や、まっすぐに伸びる針葉樹林の中を抜けていく。緑が鮮やかな夏は、いっそう美しいだろう。濡れた路面に気をつけながら、爽快に走った。


母畑温泉に帰着。八幡屋が見えた!

並ぶ家の数が次第に増え、母畑温泉に到着した。北須川を渡り、温泉街を抜け、八幡屋に帰着。スタッフの皆さんが出迎えてくれた。雨にも降らることなく、無事にゴールすることができた!


ゴール! 曇天ではあったが、満喫することができた。また、桜の時期に走りたい

走行距離は43kmほど。ライドとしては長くはないが、走りごたえのあるコースだった。記念撮影をして解散した後、希望者は、湯質にも、湯のしつらえにも人気の高い八幡屋の温泉へ、日帰り入浴に向かった。

青空は見ることができなかったが、それでも里山の風情を楽しむことができた。桜の名所がふんだんに盛り込まれたコースではあったが、夏には青々とした水田や緑に覆われた草原、山々の美しさを堪能でき、秋には紅葉を愛でることができるなど、それぞれの季節の美しさを満喫できるだろう。阿武隈地域にはそれほど標高の高くない丘陵が続き、森林と高原がなだらかな地形をかたちづくっており、コースの選択肢も多いようだ。
この日に出会った桜の木々たちが、ピンク色の霞をまとい、地域を彩る姿を見てみたい。「いつか、春にここへ走りに来よう」。そう胸に固く誓って、帰路についたのだった__。

画像:福島県企画調整部地域振興/編集部
(※昨年11月に感染防止対策を行った上での実施)(P-Navi編集部)

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