2021/05/04(火) 10:51
佐賀県唐津市の北西部で「名護屋城歴史サイクルルート・モニターライド」が11月29日に開催された。この地域では史跡や風光明媚なスポットをめぐる5つのモデルルートの策定を予定しており、今回はこの中の2つを合わせた特別なルートを設定。一般公募で集まった参加者たちに、地域の歴史を探訪しながら、サイクリングを楽しんでもらうことになったのだ。
この唐津の鎮西・呼子エリアは、16世紀に朝鮮出兵を志した豊臣秀吉が、出兵拠点として城を構え、全国から160名の大名を集めた地。各大名はそれぞれ丘陵を活かした陣屋を築き、住んでいたという。秀吉が築いた名護屋城の面積は17ヘクタールにも及ぶ。これは大阪城にも次ぐ規模で、集められた人員は20万人を超えていたそうだ。秀吉が死を迎えるまで7年もの間、大名たちが軒を連ね、出兵に備えていたという。もちろん、この陣屋群はもう存在していないが、23の陣跡が特別史跡の指定を受け、保存が図られている。
今回のモニターライドでは、佐賀県立名護屋城博物館を拠点とし、西の波戸岬側と東の呼子側に周回するメガネのような形の24kmほどのコースの走行を楽しむと同時に、いくつかの陣跡を実際に訪れ見学する。
参加条件に年齢制限はなく、自転車に乗れて、このコースを走れる方であれば誰でもOK。今回はスポーツバイクのレンタルも利用でき、ゲストライダーたちに乗車指導を受けることもできる。そのため、スポーツバイクを持つサイクリストでなくても、気軽に参加でき、多くの応募があったという。応募者多数のために参加者は抽選を経て決定された。
城や陣屋を建てる地とあり、細かいアップダウンがあるため、スケジュールはゆったりと組まれていた。
参加者は検温と体調チェックを受ける
参加者は全員検温と体調チェックを受け、レンタサイクルの方はフィッティングを済ませ、名護屋城博物館へ。まずは、名護屋城とこの地域の歴史について、学芸員の松浦さんに基本的な話を伺う。
名護屋城と陣屋の模型を眺め、説明を聞く一同
豊臣秀吉が築いた名護屋城と、陣跡についての説明を受ける。当時の様子が復元された模型が飾られており、高台になる城から海に向かって、どのような形で陣跡が配置されていたのかを見ることができる。
松浦さんに促され、窓から、現在の名護屋城跡を眺めに行った。城は一部の石垣を残すのみになっているが、地形は当然当時のまま。
床に敷かれた大きな陣屋配置図
屏風絵を眺める
この大きな窓があるスペースには、足元に航空写真を元にした陣跡の配置図が敷かれており、大名の力関係を類推しながら、陣跡を眺めることができた。
スタートするぞ!名護屋城跡をバックにみんなで記念撮影
操作法、乗り方のレクチャーを受ける
記念撮影を経て、グループごとに分かれ、自転車の操作法の確認や、空気圧、ブレーキの安全点検を経て出発。
スタート!いってきまーす!
快調にバイクを飛ばしていく
まずは、北上し、波戸岬へと向かう。交通量も少なく、気持ちよく走れて、快調だ。
波戸岬に到着!
海中展望台もあり、海を楽しめる人気スポットである波戸岬
ゆるやかなアップダウンを繰り返しながら、細い道を抜けたりと、バリエーション豊かなルートを抜けていく。スタート時に寒いと感じたカラダも、かなりあたたまってきた。
ほどなく、波戸岬に到着。海の見晴らしが良く、気持ちのいい高台だ。夏は海水浴やキャンプでにぎわうという。海中に突き出した、白い海中展望台からは熱帯性の魚や、珍しい海藻類が眺められ、人気が高いそうだ。
自転車を降り、ほっと一息。恋人の聖地サテライトに認定されており、純白のハート型のモニュメントも据えられていた。夕景の美しさにも定評がある土地だ。美しい海をバックに、皆、記念撮影や交流を楽しんだ。
設定されたルートは、田園風景を抜けたり、林の中を抜けたりと、次に何が現れるのか予想がつかない。キッズライダーとともに冒険のように楽しみながらバイクを走らせて行った。
豊かな自然の中を走る。時々現れる上りは押してクリアすればよし!
随所に立つ陣跡案内板。有名武将の名が並ぶ
田園風景を抜ける
コースはまさに陣跡の間を縫って動いているようだ。案内板には、有名な武将の名が並んでいる。歴史好きの方には、たまらないだろう。辺りをつなぐ道は、どれも細く、陣跡をめぐるには、自転車が最適だと思う。
木立に囲まれた道を上っていると、前方のグループが止まり、草地の中の砂利道に誘導されている。
草むらの中に空き地があり、バイクを置き、ガイドさんに促されるままに奥に進む。そこには、不思議な空間が広がっていた。
堀秀治の陣跡に到着。不思議な空間だ
これは越前の大名、堀秀治の陣跡。弱冠16歳でここにやってきて、陣屋としては最大の11ヘクタールもの広大な屋敷を築いたという。この御殿に秀吉はよく遊びに来たそうだ。
この堀陣跡には、日本最古とも言われる能舞台跡があった。大名たちは連れ立って観たりしたのだろうか。皆、しばし寒さも忘れ、陣跡の空気を楽しんだのだった。
ランチ会場は「お寺」
次はランチストップ。誘導されたのは、なんとお寺だった!
地元のお店がこの日のために作ってくれたお弁当。海の幸も山の幸もたっぷり詰まっていた
お寺のお堂を貸し切ってランチタイム
この日は特別に「専称寺」がお堂を開放してくれて、地元のお店のお弁当が用意されていた。蓋を開けると、彩りよく、バランスよく、お野菜もお肉もお魚もデザートも、ぎっしりと詰められていて、ボリュームも満点! ひとつひとつが冷えてもおいしいようにと丁寧に調理されていて、どれも味も食感もよい。
ガイドさんとともに、徳川家康の陣跡へ向かう
名護屋港を見晴らす道をゆく
食べ終わると、ガイドさんとともに家康の陣屋に行くことになった。名護屋港まで見晴らせる眺めのよい道を歩き、竜泉寺の脇を抜け、茂った木々の間を上っていく。そこには、あの徳川家康の陣跡があった。
徳川家康の陣跡へ。ここに家康が暮らしていたのだ
秀吉を補佐する位置にいた家康。この陣跡は、名護屋城の北東、名護屋港の要所に位置していたという。家康はこの陣跡に、なんと1万5千人を連れて参陣したそうだ。陣内に茶室を建て、茶会を開いたという記録もあるとか。堀もあり、入江の対岸には別陣も構えていたそうで、やはり重要な位置にいたのだと感じさせる。
寺に戻り、ライドに再出発! 名護屋大橋を渡り、呼子港などをめぐるコースの東パートへ繰り出す。呼子エリアを反時計回りに回るルートになる。
「黒田長政陣跡」だ!
名護屋大橋を渡って、ふと止まった道の向かい側に「黒田長政陣跡」の看板が。大河ドラマにもなった黒田官兵衛の息子だ! ごく普通の町の風景の中に、有名大名の陣跡が点在しているとは、何とも不思議な感覚。当時は全国の武将がひしめきあっていたわけで、一体ここにはどんな社会が展開されていたのだろう?
住宅街や農地の間を縫い、交通量の少ない道を行く。ゆるいアップダウンの繰り返しにはなるが、ノーストレスだ。ほどなく、呼子港近くの商店が連なるエリアに差し掛かる。一同は港そばの駐車場の一角に自転車をまとめて停め、軽い休憩となった。前日に引き続き、この日もせわしない立ち寄りとなった。いつか朝市も散策したいし、イカも食べてみたい!
さて、ここからはもうライドも終盤の仕上げパートに突入する。北上し、呼子大橋のふもとに向かうと、博物館でお世話になった学芸員の松浦さんが待ってくれていた。会ったのは数時間前のことなのに、不思議と懐かしさのような感情がこみあげる。
自転車を停め、道路を渡り、丘を上る。ここは秀吉に仕えた、賤ヶ岳の七本槍・七将の一人である加藤嘉明の陣跡があった場所だ。淡路島を治めていた水軍の将ということで岬の上に陣を構えたらしい。
加藤嘉明の陣跡に向かう
夕陽を浴びながら、屏風絵と同じ風景を眺める。この400年で、変わったものと、変わらないものがある
ここからは屏風絵と近い画角で現在の名護屋城エリアを眺められる
屏風絵と現代の様子を比べながら、美しい景観に見入る参加者たち
この岬の高台から見る景色は、朝博物館で見た屏風絵「肥前名護屋城図屏風」に描かれた、名護屋城最盛期当時のエリアの様子と重なる。正面に名護屋城、手前には徳川家康の陣屋があったはず。今は名護屋大橋や呼子大橋などの橋がかかっているが、当時は船で行き来していたのだろう。傾き、色を変え始めた太陽の光に照らされ、キラキラ輝く穏やかな海と、その向こうに広がる今も緑豊かなこのエリアを眺め、しばしここで展開されてきた歴史に思いを馳せたのだった。
この日最後の大きな登坂だ。ゴールまであと少し!
少々きつめの登坂も越えながら、ゴールに向かう。疲れは出てきているが、皆まだまだ元気だ。
名護屋大橋を渡れば、ゴールはもうすぐ。トンネルを越え、少し名残惜しい思いも抱えつつ、名護屋城博物館前にゴール! コースの距離は24kmと聞いていたが、ほぼアップダウンのみで、見どころが多かったこともあり、倍くらいの距離を走ったような達成感があった。
差し入れられた「けえらん」。素朴だが、洗練された味
ゴールした参加者全員に、屏風絵が描かれたうちわと、武将たちのキャラクターが描かれたクリアファイルが配られ、地元のお菓子「けえらん」が差し入れされた。この「けえらん」は蒸したうるち米で作った生地で、丁寧に炊いたあんを巻いたシンプルな和菓子。太閤秀吉が必勝祈願で神社を訪れた際に、地元の人々が戦勝祈願に献上すると「これを食べたら、勝つまで帰らん(けえらん)」と語ったことから、この名が付いた。唐津市の和菓子店が、この当時の手法を今も守り、同じ味を提供し続けている。少し噛みごたえのある、もちもちとした生地に、気持ちのいい甘さのあんが巻かれていて、ゴール後の身体にしみる美味しさだ。
このイベントで、事故やトラブルはゼロ。皆で気持ちよく最後まで走ることができた。
今回の参加者の声や走行状況を受けてブラッシュアップし、詳細を決め込み、歴史サイクルルートのマップなどが作成される。次のチャンスには陣跡マップを手に、呼子のイカや波戸岬のサザエなど、グルメスポットもめぐりつつ楽しみたい。
今後も名護屋城エリアでは、歴史や文化をテーマとした新たな文化ツーリズムに取り組んでいくという。ライドだけでなく、知的好奇心も満足させてくれるこのエリア。今後サイクリングの行き先としても、注目を集めることになりそうだ。
(※昨年冬のレポートです)
画像提供:佐賀県、編集部(P-Navi編集部)