2018/03/25 (日) 17:11
松山で開催されたG2レース、第2回ウィナーズカップは武田豊樹(茨城88期)選手の優勝で幕を閉じました。
武田選手の優勝はなんと1年半ぶりというから驚きです。そんなに優勝から遠ざかっていたとは!常勝のイメージが強いだけに、本当に意外でした。
武田選手の近況は……昨夏のG1レース、いわき平オールスターで落車して骨盤骨折の重傷を負い、全盛時の強さには程遠い姿だったと思います。やっぱり、骨折すると身体のバランスも崩れるもの。本当はケガを完治させてから徐々に練習をハードにしていく、そういう方法がベストな状態に戻すには一番早いのです。が、選手の立場では特別競輪の出走条件に、獲得賞金額や最低出走回数などがあるために、ユックリ休んでいる場合ではないというのが実情なんです。
しかし、慌てて実戦に臨んでも、好調時の状態に戻るには余計に時間を要してしまうものであります。結果としてみてみれば悪い方向に出てしまうことが大半。武田選手もこの悪いパターンにハマって、随分と練習方法などで悩み、苦労していたようです。そこで優勝という最高な結果を出せたことは素直に喜んでいることでしょうが、前を回った平原選手の素晴らしい走りがあったおかげだということも実感しているはず。少し離れながらの追走だったことを考えると、まだまだベストではないと。本人も満足していないことはレース後のコメントからも感じました。常に現状に満足することなく、向上心の塊(かたまり)のような選手。見習うべき、頑張って欲しい選手であることに間違いありません。
この決勝戦で武田選手を本命にできなかった私の観る目のなさは、ウィナーズカップの前場所である玉野G3が関係してきます。武田選手は花粉症にも悩まされていて、涙目で私と話していた姿という印象。だからこそ玉野G3のレース内容と比べて、今開催で別人のような走りができていたことに、ただただ感心するばかり。そして、評価を下げてしまい申し訳ない気持ちしかありません。
ガールズケイリンコレクション2018松山ステージは小林優香(福岡106期)選手が順当な優勝を決めたと、思っています。 小林選手は世界に目を向けて、ナショナルチームに入って日々、努力を積み重ねています。ナショナルチームに入ることが必ずしも強くなる条件ではありませんが、常に上を目指していく姿勢がより強い選手を作り出しているように思えます。
個人的なところでは、児玉碧衣(福岡108期)選手が大レースで、初めて自分らしさをみせてくれたレースだったと、とても喜んでいます。私のように“無冠の帝王”などと、不名誉な呼ばれ方をされて欲しくないので陰ながら応援しているのですが、今回のような思い切りの良いレースを続けていければ、近い将来、必ず児玉選手にチャンスは巡ってくるでしょう。
今開催も残念なことに、売り上げ目標は達成できませんでした。自力選手が多く、レースに動きがあるので面白い開催だったのですけれども、予想する立場では車券の軸になる選手を絞りづらいという側面もありました。
そのようなレースになればなるほど、期待している選手が負けたとしても、納得いくレースをしてくれて負けたのならば仕方ないと、強く思うものです。だからこそ選手はファンの期待に応えられることを肝に銘じると共に“内容ある走り”が要求されている時代だということも忘れずに、今後も頑張っていただきたいです。
1968年6月18日生 岐阜県大垣市出身
1988年5月に向日町競輪場でプロデビュー
競輪学校の同期で東の横綱・神山雄一郎(栃木61期)、西の横綱・吉岡稔真(福岡65期・引退)らと輪界をリード
“帝王”のニックネームで一時代を築いた
2002、2003年の日本選手権競輪(ダービー)連覇などG1タイトルは6つ
KEIRINグランプリ連覇を含む史上最多タイ3度の優勝など通算優勝110回
通算獲得賞金は19億1,782万5,099円。
2002年に記録した年間最高賞金2億4,434万8,500円はいまだに破られていない
自転車競技でも2001年のワールドカップ第3戦(イタリア)で銀メダルを獲得するなどの実績を残した
2014年5月に引退して、現在は競輪評論家として活躍中
また、競走馬のオーナーとしても知られる
山田裕仁
1968年6月18日生 岐阜県大垣市出身 1988年5月に向日町競輪場でプロデビュー 競輪学校の同期で東の横綱・神山雄一郎(栃木61期)、西の横綱・吉岡稔真(福岡65期・引退)らと輪界をリード “帝王”のニックネームで一時代を築いた 2002、2003年の日本選手権競輪(ダービー)連覇などG1タイトルは6つ KEIRINグランプリ連覇を含む史上最多タイ3度の優勝など通算優勝110回 通算獲得賞金は19億1,782万5,099円。 2018年末、三谷竜生(奈良101期)に抜かれるまでは年間獲得最高賞金額=2億4,434万8,500円の記録を持っていた 自転車競技でも2001年のワールドカップ第3戦(イタリア)で銀メダルを獲得するなどの実績を残した 2014年5月に引退して、現在は競輪評論家として活躍中 また、競走馬のオーナーとしても知られる