2021/05/22(土) 10:23
和歌山県紀南地方に、壮大な「クマイチサイクリングルート」構想が立ち上がった。総計240kmにも達するこのルートは、世界遺産として知られる熊野エリアをぐるりと大きく1周するものだ。島や湖などをサイクリングで1周するライドの達成感は大きく、多くのサイクリストが琵琶湖や淡路島などを1周することを「ビワイチ 」「アワイチ」と地名に「イチ」を付けた名称を付け、親しんでいる。それになぞらえ、このルートも「クマイチ」と名付けられた。このクマイチを盛り上げようと、3月13日にシンポジウムが開催され、さらには3月13〜14日の2日間に渡り、クマイチルートの一部を走るモニターツアーが開催されることになったのだ。
美しい自然に恵まれたクマイチエリア
このクマイチルートは、美しい海岸線や川、緑豊かな山間の道など、環境にも恵まれているが、熊野は歴史の中では、上皇さえも熊野三山に参詣した背景を持つ特別な地域。熊野という地域が持つ文化的価値も大きな魅力であり、他のメジャールートよりも、「地域を1周する」ことの意味合いも深い。今後、世界的に人気が出るポテンシャルも十分に有していると言えるだろう。
自然豊かな分、アップダウンも多い
今回のルートは、自然が豊かな分、アップダウンも大きく、距離も長い。とはいえ、脚力に自信のある層だけの楽しみになってしまってはもったいない! そこで、進化型電動アシスト「E-バイク」の登場だ。E-バイクは航続走行距離が100kmを超えるものも多く、アシストも細やか。道中に宿泊などを組み込めば、脚力に自信のない方でも、クマイチの走破は十分可能だろう。今回のツアーでは、2日間で117kmあまりを走る。全員が楽しんでこの距離を完走できるか、という検証にも注目が集まった。
ツアー用にズラッと並んだE-バイク。貸し出し可能なE-バイクがこれほどあることに、地域の底力を感じる
シンポジウム閉会後、会場となった上富田文化会館から2日間にわたるクマイチモニターツアーがスタート。数名ごとにグループを作り、「リーダー」が付き、先導してくれる。地図などを持たずに安心して走れる設定だ。1日目は、県内複数のエリアで自転車を楽しむ方々が、それぞれのグループのジャージで参加し、華やかなライドとなった。
上富田は「口熊野」と呼ばれ熊野参詣路の分岐点にあたるエリア。ツアーでは、最初に「口熊野」の人気スポットである「稲葉根王子」を訪れた。この「王子」というのは、熊野神の御子神を祀った神社であり、最盛期の熊野の参詣路には「熊野九十九王子」と呼ばれる多くの王子があったという。この「稲葉根王子」は、その中でも格式の高い「五体王子」(「五体王子に準じるもの」とする説もあり)とされ、辿ってきた参詣者が聖なる水が流れる富田川(岩田川)と出合う場所でもあり、非常に意味の深い場所だったそうだ。熊野詣の参詣者は、この川の対岸にある複数の王子を訪ねながら、この富田川を徒歩で何度も渡り、浄化作用があると信じられた水で身を清めたという。「稲葉根王子」の付近には、「水垢離(水を浴び、身を清めること)場」のサインが掲げられている。
富田川そばに自転車を停め、徒歩で稲葉根王子へ
今回のツアーでは川沿いに自転車を停め、「稲葉根王子」を訪れた。小ぶりの神社であるが、清らかな空気が漂うスポットだ。熊野詣に向かった多くの人々が、どのような思いで訪問してきたのか、思いをめぐらせてみたい。
稲葉根王子跡
散策を楽しんでから、自転車を停めていた川沿いのエリアに戻り、再スタート。ゆったりと、キラキラ輝く水面を眺めながら川沿いを走る。
富田川沿いを進む
ほどなく、潜水橋が見えてきた。欄干などの突起物をなくすことで抵抗を減らし、増水時に破壊されたり、流氷物を堰き止め、洪水を防ぐシンプルな橋だ。水量もさほど多くなく、穏やかな川に見えるのだが、富田川は歴史の中で氾濫を繰り返してきたのだという。
潜水橋「畑山橋」を押し歩き。少し怖いが、見晴らしは最高!
リーダーより、橋は自転車を押し歩いて渡るように要請があり、全員自転車から降りた。この畑山橋の長さは174m、幅は1.6m。だが、実際はそれより細く見えるため、「乗って渡るのは無理だ!」「なんか怖いな」と参加者から感想が漏れてくる。遮るもののない橋の上からの眺めは新鮮で、よそ見をしないよう足元に注意しながら、美しい川と山や草原が広がる開放感のある眺めを楽しんだ。
アップダウンルートが始まる。E-バイクなら問題ナシ!
心なごむ春を待つ里山の風景を行く。連なる山々も美しい
山間の道を行く。景観は変化に富んでおり、飽きない
川を越えたあとは、いよいよアップダウンを繰り返す道が始まる。ここでE-バイクの本領発揮! どんな路面でも走破できるマウンテンバイクタイプのE-バイクは、安定感があり、乗りやすい。不安のあった下り坂も、ロードバイクのドロップハンドルと比べると、一文字ハンドルのブレーキは操作しやすい。よく効くディスクブレーキがついており、車輪がロックしてしまうほど急激に強くレバーを引きすぎないことさえ注意すれば、下りも問題なさそうだ。
川がすぐ近くを流れ、木々が茂る涼やかな道
空に向けて伸びる木々が並ぶ林の間を抜ける
今回は旅行会社のツアー担当者など、まったくのスポーツバイク初心者もいたが、難なく乗りこなしていた。通常の自転車であれば、上りは不安感がよぎるのだが、E-バイクなら、勾配がキツければ、アシストレベルを上げて、ペダルを回していれば、前に進むことができる。素晴らしい環境を走り抜ける爽快感や、景観の美しさなど、走行とルートの魅力を、上りのしんどさなしでシンプルに楽しめる。参加者たちは、山間の道や、集落、川沿いの道など、心和む美しい景観を気持ちよく走り抜けたのだった。
赤い橋が絵になる
広場に到着。ここで休憩だ
一行は川沿いの広場に到着した。ここで休憩とのこと。ふと、広場の奥に流れる川に目をやると、手漕ぎの舟と船頭さんが待機されている様子。渡し舟か。
ここは日置川を渡る「安居(あご)の渡し」。熊野参詣には、紀伊路、中辺路、大辺路などの複数のルートが存在したが、この「安居の渡し」は大辺路の中に組み込まれている参詣路の中で唯一、舟で渡るパートだったという。渡し舟で日置川を渡り、対岸から「仏坂」に向かうのだそうだ。
地域の皆さんがおもてなしの準備をしてくれていた
「安居の渡し」看板前に自転車を停める
渡し舟は、いったんは廃止されたものの、2005年に50年ぶりに復活され、今では「安居の渡し保存会」が、予約に応じ、渡し舟を運航している。
「安居の渡し」を体験。タイムスリップしたような気分だ
この日も、希望者は渡し舟を体験させてもらえることになった。5人ずつ、この渡し舟に乗ると、船頭さんがゆったりと船を動かしてくれる。対岸の自然豊かな斜面を眺め、澄んだ水の上で、のんびりと対岸に向かう。風情満点だ。
対岸に渡り、説明を受ける。参詣者はここから仏坂に臨んだ
地層が露出した岩に立ち、来た岸を眺める
向こう岸に降り、少しだけ参詣路の様子をのぞかせてもらうことにした。木々が作る陰で、空気がキリッと冷たくて気持ちいい。まっすぐ空に向かって伸びる杉やくぬぎの木々の間に、林道が延びていた。ここを歩き、仏坂を登ってゆくのだろう。「安居の渡し」から仏坂を越え、周参見王子まではおよそ8.5km。仏坂を一気に登った後は、林に囲まれた尾根や石畳の道が続くそうだ。いつか歩いてみたい__そんな思いを抱きつつ、この日は再び渡し舟に乗り、休憩場所に戻ったのだった。
保存会手作りという「安居の渡し」の通行手形。乗船者全員が入手できる
やわらか食感に皆がハマった「いももち」
ここでは、土地の名産らしい「いももち」がふるまわれた。見た目はありふれたよもぎ入りの餡餅なのだが、餅にイモが練り込まれているそうで、驚くほど柔らかい。やみつきになる食感に、2個、3個と手が伸びる参加者も! さらに地域の洋菓子店の焼き菓子とホットコーヒーが振る舞われ、一同ほっこり。
少し傾き始めた太陽に照らされる田園風景の中を行く
残り距離は17km程度。もう大きな上りもなく、ここまで来れば、ゴールは見えて来たも同然だ。E-バイクの気楽なライドとはいえ、アップダウンが多いルートだったため、緊張気味の参加者もいたかもしれないが、バッテリーの残量も余裕! 改めてE-バイクの威力を知る。あとは小ぶりのアップダウンを越えるのみで、気持ちよく走れるだろう。もうすぐ、海と合流だ!
日置川沿いを行く。もうそろそろ、海にたどり着くはずだ
日置川沿いをゆく。傾き始めた太陽に照らされた水面が美しい。ルートは少々のアップダウンはあれど、絶妙なアシストで、上りも気にせず走り抜けられる。
日置川沿いの道から脇道にそれ、少し上ると、目に青い海が飛び込んできた。
「海だ!」
思わず声を上げる。濃い青色の海の美しいこと!
海だ! 目の前に現れた青い海に感動
ルートは少し高台に上り、美しい枯木灘の眺めを楽しみながら進む。
美しい海を眺める。風が強くヒヤヒヤだったが、海にたどり着いた感動は大きかった
見晴らしの良いところで、いったん止まることになった。記念撮影を楽しむ一行。川、山を越え、最後に海に出合うルート設定で、アシスト付きの楽々ライドではあるものの、達成感は大きかった。一同、満足げな笑顔を浮かべていた。ここから下り、海際を抜けていく。少し寂しいが、もうすぐゴールだ。いつまでも美しい海を眺めていたい気持ちに駆られる。
この日宿泊する「サンセットすさみ」にゴール。走行距離は45.5kmだった。実はこのルートには938mもの獲得標高があったのだが、そんな実感はない。みんな、ゴール後も元気。E-バイク、サマサマだ!
「サンセットすさみ」に到着。みんなの満足度は高かったようだ
県内参加のサイクリストの皆さんは、ここでバスに乗り、上富田に戻るようだ。さすが「サイクリング王国わかやま」だけあって、県内各所に自転車を楽しむ方々のグループが存在している。みなさん集団走行にも慣れている様子で、頼もしかった。
我々の乗ったE-バイクは充電してもらい、翌日の第2部に備えてもらう。明日はどんな景色が見られるのだろう? とても楽しみだ!
※ガイドラインに従い、感染予防への最大限の配慮をして走行しております
画像:編集部、山本賢(P-Navi編集部)