【玉野競輪】第二の競輪人生を歩み出す永井清史

2024/10/14(月) 18:10

玉野競輪「広島ドラゴンフライズ賞(FI・広島市主催)」は14日、初日を迎えた。1レースのA級予選を走った永井清史に話を聞いた。

北京オリンピックの銅メダリストである永井清史

ーー初日は善利選手マーク策となりました。これは戦法チェンジと見ていいですか?

永井:僕ももう41ですから。がっつり番手に競りに行くって事はないけど、そう考えています。前が居なければ自分でやりますけど、居れば付きます。

ーーメダリストが戦法チェンジすると記者もなんだか寂しい思いになってきますよ。

永井:もうメダリストの中で自力でやっている人いないでしょ(笑)。僕もそんな歳になったんですよ。平原さんだって自力でやると厳しいと思う。若い子に力勝負はキツいですよ。

ーーいつ頃から考え始めたんですか?

永井:実は39、40くらいには辞めようかなとも思っていたんです。でも、子どもが自転車部に入部して僕の気持ちも持ち直す事が出来た。もう一回頑張ってみるかって。そうなると若手を相手に自力じゃキツいから人の後ろって感じですね。

 北京オリンピックの銅メダリスト永井。戦法チェンジとなると記者も寂しい気持ちになってしまうが、スポーツの世界は実力主義。誰にも衰えはきて全盛期の実力は出なくなってくる。本人も長い期間考え、色々と葛藤もあっただろう。第二の競輪人生を歩み出す永井を応援したい。(アオケイ・梅田記者)

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