疾風のサイドストーリー/阿部大樹(埼玉94期)

2017/08/31(木) 11:08

疾風のサイドストーリー/阿部大樹(埼玉94期)

3rd「マスクマンを演じているのか?」

早いもので競輪・オートレースの取材に携わるようになって半年。比率で言うと、[9:1=競輪:オートレース]くらいの感じなので、今後はオートレースの現場にも足を運ぶ回数を増やして行くというのが当面の課題だ。
以前、筆者はある特定のスポーツ取材の世界ではそれなりに顔と名前が知られていたのだが!?
現在、そんなキャリアは何の役にも立たず、四十路も半ばながら新米取材者として勉強の日々である。

フィールドは違っても、取材者に人気のある選手の共通点は『とにかく喋ってくれる』こと。例えば、プロ野球での番記者泣かせは、監督がダンマリとか選手がスランプなどを理由に取材拒否。そうなると紙面を埋めるのに四苦八苦する。そう、想像と妄想だけでは(この原稿は基本的に想像と妄想ですが)記事にならないのだから。よって競輪やオートレースでも自然と、語ってくれる選手に、取材者が群がるのは当たり前で合点がいく光景とも言える。

競輪選手の場合、前検日の時点でレースに向けて集中しているのが当然で、口数も少ない選手が大半を占める。また、自転車のセッティングを邪魔されたくないオーラをプンプンに漂わせているケースも多々あり。レース後、勝利してもクールダウンを優先するために取材者の前に現れないなんてことも多く、意外と楽じゃない……。
そのような中、S級S班・稲垣裕之(京都86期)は常に紳士的かつ懇切丁寧なので、取材者にとってはまさに“聖母”(稲垣選手は男性ですが)のような存在。同じくS級S班・平原康多(埼玉87期)も笑顔が多く、メリハリのある受け答えをしている印象を受ける。その他にはS級1班・伊勢崎彰大(千葉)あたりもトーク巧者ゆえに笑いも多く盛り込むので、いつも取材者に囲まれている。
そして、このBIGネームたちを凌駕(りょうが)する神対応選手、爆笑必至なのは今回のお話しの主役であるS級2班・阿部大樹(埼玉94期)と、筆者は断言したい。

とにかく阿部は底抜けに明るい。レース後には両手を高々と上げ、満面の笑みで検車場へ戻ってくる。こんな選手はなかなか存在しない。効果音を付けるならば、パンパカパーン♫とかチャラ〜ン♫あたりがふさわしく、7番車・オレンジのレーサー着の時は往年の林家こぶ平師匠を彷彿(ほうふつ)させる。イケメン枠にカテゴライズするのはやや無理がある感だが、愛嬌と人懐っこさに満ち溢れたお手本とも呼べる阿部は「俺の話しを聴いてよ、5分だけでもいいから。いやいや、15分は喋っちゃいますからねっ!」で、取材者が集まってくる前に自らマシンガントーク発動。
この8月から始まったS級ブロックセブンの初戦(川崎G3最終日)で、見事に1着だった時はまさにそれだった。
「自分、一番人気(車券)だったじゃないですか。レース前にそれが超プレッシャーになっちゃって。自分がダメだったら、競輪界が新しく始める『推理しやすい・分かりやすい・的中しやすい』というコンセプトを完全に崩壊させちゃうって。阿部のせいでブロックセブンはダメじゃないかーっ!!阿部のバカーっ!!うん、本当にそうならなくて良かったです」
阿部を取り囲んだ数多くの取材者は大爆笑、掴みはOKで、この後も『阿部節』は“絶口調”は続いた。

また、6月の小松島G3では見事に決勝進出。決勝前のバンク内における特別紹介時の選手たちは「懸命に走ります」、「応援どうかお願いします」、「ファンのみなさんの車券に貢献できるように」という紋切り型で、神妙な面持ちを一様に崩すことがない。決勝への緊張感は否が応でも増し、場内のお客さんも拍手と選手の名前をコールする程度で雰囲気としては堅苦しい。そこで8番車(コメントの順番も8番目)の阿部は被っていた帽子を頭上で軽やかにヒラヒラ掲げて
「穴党のみなさーん、お待たせしましたぁー!阿部ですよぉー、頑張りまーす!応援して下さーい!」

そんなちょっと場違いで能天気とも思える言動で空気は一転、場内は大爆笑、大喜びだったことは言うまでもない。阿部の横にいたインタビューアーの山口幸二氏も笑いをこらえ切れず吹き出してしまう。ただ、取材者の中には「ああいう場でオチャラケて空気が読めないな……」と、渋面を作る者もいた。確かにそういう側面はあるかも知れないのだが、阿部は場内に足を運んでくれているファンを想ってサービスをしたに過ぎない。阿部がお客さんだったら、あの空気にきっと耐えられなかったのだ。むしろ空気が読める、関西風に言うならば『気ぃ遣い』の選手。間違っても『チョケて』いるだけの選手ではないと、筆者は感じた。

阿部のトークは基本的に笑いが軸ではあるけれども、競輪に対しては純粋だ。レースの振り返り、反省点、今後の課題など、順を追ってシッカリ(適度な笑いを取りながら)述べてくれるのは、囲みに加わっている取材初心者の筆者でもとても分かりやすい。
そして、ここからは完全な邪推かも知れないが、もしかしたら阿部は明るいキャラクターを意識的に演じているのではないだろうか?そう、阿部を見ていると、「お前の真の正体は!?」的なプロレスのマスクマンと似たような感覚に陥る。厳しい勝負の世界で、阿部は仮面で素顔を隠して戦っているのだ。本来、ポーカーフェイスとは心の機微が読み取られない無表情が常識。だが、阿部は敢えて爆笑の仮面を被り、その下で誰も知ることのないポーカーフェイスを作っているのではないかと。

近い将来、記念競輪を制するのは不思議ではない、その力量を持ち併せていると思われる阿部だが。その時は涙、涙の記念初優勝で、自らマスクを脱ぎ捨てるのか?あるいはマスクマンのままで、大爆笑の表彰式になるのか?どちらであっても筆者はその場に立ち合いたいものである。

Text & Photo/Perfecta Navi・Joe Shimajiri(Joe Shimajiri)

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