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伏見俊昭のいつだってフロンティア!

【伏見俊昭の最終回】才能だけじゃないーー競輪は努力次第でのし上がれる世界

2026/08/05 (水) 19:00 107

伏見俊昭さんは、7月18日の松阪競輪で落車し、翌19日に逝去されました。突然の悲報に接し、いまだ言葉を失っております。
伏見俊昭さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

伏見さんには約5年間にわたり、netkeirinの本コラムを通じて、競輪への思いや選手としての経験、ファンの皆さまへの言葉を届けていただきました。誠に残念ながら、本コラムは今回が最終回となります。
本稿は、生前の7月11日、松阪競輪への出走を前に伏見さんから寄せていただいた最後の原稿です。編集部では掲載について慎重に検討を重ねた結果、伏見さんがこのコラムに込めた思いを、これまで応援してくださった皆さまにしっかりとお届けしたいと考えました。本文は執筆当時の内容を尊重し、将来への抱負や大会に向けた言葉も含め、当時のまま掲載いたします。競輪を愛し、ファンを愛した偉大なレーサー伏見さんの言葉を、最後までお読みいただければ幸いです。

 netkeirinをご覧の皆さん、こんにちは。伏見俊昭です。
 今回のコラムは近況報告を交えながらユーザーさんからの質問、オールスター競輪についてお話しします。

函館では久しぶりに打ち上げをして楽しい夜に(写真:本人提供)

頼れる後輩・新田祐大から受けた刺激

 さて、直近のレースの振り返りになりますが、先日走った函館ナイターF1は、福島の頼れる後輩・新田祐大君の優勝で幕を閉じました。僕は準決勝でうまく連係を決めきれず、勝ち上がれなかったのが残念です。今回は新田君と久しぶりに同部屋になり、じっくり話をする機会もあって、改めて彼のプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けました。新田君は同門で、年齢は僕より10歳下。入門当初から見ている彼が今やグランドスラマーですからね。彼のダッシュ力は本当に桁違いで、番手につく時は独特の緊張感があります。今回はワンツーを決められず悔しかったですが、あの極限の集中力の中で走れた経験は、間違いなくこれからの僕の糧になると思います。

若手が伸びるのは「才能」よりも「きっかけ」

強くなるには「メンタル」と何かの「きっかけ」が必要(撮影:北山宏一)

 ユーザーさんから「将来、強くなりそうな若手選手はどういうタイプですか?」という質問をいただきました。今のトップ戦線は、技術も脚力も兼ね備えた総合力の高い選手ばかりです。ただ、競輪界には「トレチャン」(トレーニングチャンピオン)と呼ばれる、練習ではS級上位と互角以上に走れるのに、いざレースになると結果を残せない選手が実はたくさんいます。その差はどこにあるのか。僕はやっぱり「メンタル」と、何かの「きっかけ」(ターニングポイント)だと思います。

 僕自身、最大のターニングポイントは2000年のシドニー五輪代表落選でした。当時は自転車を辞めたいと思うほど絶望しましたが、そこから“競輪”という競技の本質と必死に向き合いました。

 さらに、元選手の先輩・西丸直人さんから、サプリメントや体づくりの重要性を徹底的に教えていただいたことも大きかったです。西丸さんは「お前は線が細い」と言い、体を作るために必要な栄養についてさまざまなことを教えてくれました。当時の僕はナショナルチームに在籍しており、チームドクターから海外製サプリメントの摂取を厳しく禁止されていました。そのため「国産じゃなきゃ摂取できない」と伝えると、ちゃんと日本製の製品を勧めてくれたんです。当時はまだサプリメントに対する認識も今ほど高くありませんでしたが、そのアドバイスを信じて国産の「内田バイオ」のサプリ製品を飲み始め、それ以来ずっと続けています。細かった体を一から作り直すことができたのも、そのおかげでした。あの苦境と出会いが、僕の競輪人生を大きく変えてくれたんです。

誰もがトントン拍子で上がってきたわけではない(撮影:北山宏一)

 今の若手たちも、誰もがトントン拍子で上がってきたわけではなく、それぞれが壁にぶつかりながら走っています。現代の競輪界は、最先端の治療院(愛知の五体治療院など)で体のメンテナンスを行ったり、トップ選手の間で流行している重曹サプリを取り入れたりと、スポーツ界の中でもトップクラスにコンディショニングへの意識が高くなっています。

 持って生まれたセンスや、エリート街道だけがすべてではありません。競輪は、努力次第でのし上がれる世界です。若いうちは、どんなことに挑戦しても無駄にはならないと思います。どれだけ探求心を持ち、自分に時間を費やし、失敗から何かをつかみ取れるか。そして、そうした積み重ねの先にある「運」を引き寄せた若手が、次の時代を築いていくのだと僕は信じています。

「ファン投票1位」は最高の栄誉であり、最大の重圧だった

オールスター競輪へのファン投票ありがとうございました!(撮影:北山宏一)

 そしてファンの皆さん、今年もオールスター競輪へのファン投票、本当にありがとうございました!今年は参加人数が153人に増えるなどシステムの変更もありましたが、なんとか選考基準をクリアし、出場を決めることができました。昨年の函館大会は補欠での追加参戦だっただけに、素直にうれしいですね。

 オールスターの舞台・松山といえば、僕には忘れられない思い出があります。2009年、自身初となる『ファン投票1位』という最高の栄誉をいただき、走らせてもらったのが、まさにこの松山でした。あの時のプレッシャーといったら、本当に半端じゃなかったです(笑)。ドリームレースを走る責任感はもちろんですが、「ファンの皆さんは僕の何に期待して一票を投じてくれたんだろう」と考え始めると、もう日の丸を背負って走る五輪のような重圧でした。変に肩に力が入りすぎて空回りしてしまった苦い思い出も含めて、僕にとってオールスターは、G1の中でも最高峰の格式を持つ特別な大会です。

 今年も皆さんからいただいた大切な一票を無駄にしないよう、精いっぱいの走りを大舞台でお見せしたいと思っています。僕もベテランと呼ばれる年齢になりましたが、若手に負けない探求心を持って、まずは来月の松山オールスターへ向けて全力で状態を仕上げていきます。皆さん、応援よろしくお願いします!

オールスターは僕にとってG1の中でも最高峰の格式を持つ特別な大会(撮影:北山宏一)


▶︎伏見俊昭blog「Legend of Keirin」

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伏見俊昭

フシミトシアキ

福島県出身。1995年4月にデビュー。デビューした翌年にA級9連勝し、1年でトップクラスのS級1班へ昇格を果たした。 2001年にふるさとダービー(GII)優勝を皮切りに、オールスター競輪・KEIRINグランプリ01‘を優勝し年間賞金王に輝く。2007年にもKEIRINグランプリ07‘を優勝し、2度目の賞金王に輝くなど、競輪業界を代表する選手として活躍し続けている。 自転車競技ではナショナルチームのメンバーとして、アジア選手権・世界選手権で数々のタイトルを獲得し、2004年アテネオリンピック「チームスプリント」で銀メダルを獲得。2008年北京オリンピックも自転車競技「ケイリン」代表として出場。今でもアテネオリンピックの奇跡は競輪の歴史に燦然と名を刻んでいる。2025年には通算600勝を達成し、50歳を超えてもS級戦線で走り続けるレジェンドレーサー。

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