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佐藤慎太郎“101%のチカラ”

【佐藤慎太郎は見た!】舞台はGI・寛仁親王牌! ある漢の5周先行伝説を語り継ぐ

2021/10/16 (土) 18:00 32

輪界のストーリーテラー・佐藤慎太郎選手。過去に数々の伝説を目撃してきたと語る(撮影:島尻譲)
 全国300万人の慎太郎ファン、そしてnetkeirin読者のみなさん、佐藤慎太郎です。いよいよGI戦・寛仁親王牌が開催になる。親王牌と言えば、北日本地区には語り継ぐべき『5周先行伝説』というのがあるんだよね。今回はその伝説について書いてみたいと思うよ。

スタートって超重要

 5周先行伝説を語る前に、スタートについて書いておく必要があるかな。競輪のレースにおいてスタートは超重要。対戦相手にどんな自力型の選手がいるのか、どんなライン構成なのか、さまざまな角度から考えて、最初の位置取りを決める。レース前の選手たちはそれぞれ勝つためのレース展開を頭に思い浮かべているんだけど、最初に欲しい位置が取れず、レース中に得意な戦法で戦えないってことが、まあよくある。

 ほとんどのレースでは事前に読める部分があって、「この選手が前を取るだろうな」とか、「あのラインは中団を狙ってくるだろうな」とか、「後方から抑えて先行するんだろうな」とかね。ある程度は見えている状態で作戦を立てている。ただね、稀にどのラインも「後ろから攻めたい」という時がある。そんな時に『スタートけん制』が入るんだよね。(※スタートけん制ってのは、号砲が鳴っても先頭誘導員を誰も追わない状態のことで、選手たちが他のラインの前方でレースをしたくなくて、お互いを警戒し合って走り出さないこと)

 スタートけん制が入ると誘導員はどんどん遠ざかっていくわけだから、追いつくのに脚を消耗してしまう。ダメージを数値で表すとしたら、HP100のところ50くらいまで削られるんだよね。スタートから風圧を受けながら走るときのダメージって実はすごくデカい。これはお客さんの想像しているものよりも大きいんじゃないかな。

 そんなわけで、一度スタートけん制が入ってしまうと、選手同士はみんな妥協できなくなる。位置取りを妥協したくない気持ちもさることながら「今から追いかけられるか」という感じになる。「まあ、前でも仕方ないか…」って良心のある自力選手が無理矢理追いかける感じで収束することが多い。でも少々のスタートけん制で追いかけてしまうと「アイツはけん制が入ればすぐ出ていってくれるヤツだ」なんて思われてしまうし、そうなるとその後のレースにも影響してくる。わずか数秒間の間にギリギリの駆け引きがあって、本当にスタートは奥が深いんすよね。

レースを組み立てる上でスタートの位置は最重要(撮影:島尻譲)

京都・黄檗山萬福寺で修行することになる

 そんなスタートけん制だけど『レースがスムーズに行えない』って運営上の問題があるし、お客さんにとっても業界にとっても重要な車券販売の時間にも影響するので、選手には重い制裁措置が設けられている。月3回スタートけん制をするとお寺(京都の黄檗山萬福寺・おうばくさんまんぷくじ)に修行にいかなくちゃならない。短期とは言え、完全に坊さんとしての生活を送ることになるんだよね。これがめちゃくちゃキツい。修行も佳境に入ってくると、「あれ? オレは坊さんなのかな?」って錯覚することもあるくらいでさ(笑)。

「スタートけん制なんか悪いことしやがって」っていう罰則なわけだから、食事なんかもアスリート用ではなくてね。精神面を鍛え直してやるって趣旨だから当然と言えば当然なんだけど。身体づくりを資本とする選手としては苦しい食事なんだよね。選手たちはこの修行に恐怖を感じている。

 10年くらい前の競輪は今の競輪と少しスタイルが違っていて、ヨコの動きも活発だったから、追い込み選手は事故点・違反点がたまりやすくて、オレも年2回くらいは黄檗山に行っていた。5泊6日の違反訓練と言う名の修行には『厳しくヨコをやる選手』が来るわけだから、大塚健一郎なんかとは良く顔を合わせたっけ。「またケンちゃん来てるんだね」なんて声をかけると「慎太郎さん! こんな寺なんて実家に里帰りするようなもんですよ! いつでも里帰りしますわ!」とか会話したりして(笑)。

ケンちゃんこと大塚健一郎選手はお寺慣れしていた

 その黄檗山の修行の辛さを身に染みて知っている分、選手たちはスタートには本当に気をつけているんだよね。でもね、いざレースになると『そうも言ってらんない』っていう状況になることがある。ラインを引っ張る自力型の選手が「絶対に中団からやりたい」「ここは後ろから攻めないと無理です」って主張すれば、位置取りに必死になるから。真剣勝負してるわけで、黄檗山がどうのこうのは頭から一瞬消えてしまう。

 与えられたルールの中で勝負するのがプロだし、お客さんからの意見も賛否両論あるのは百も承知。でも起こしたくて起こしているわけではなく、出会い頭に入ってしまうのがスタートけん制。選手の思惑が詰まったスタートのせめぎ合いは見どころあると思うし、ぜひ注目してみて欲しい。それでは前置きはこれくらいにして、伝説について語っていくか! ガハハ!

5周先行伝説 〜純粋な頃の小松崎大地〜

 この話の主役は小松崎大地に他ならない。その伝説は数年前の親王牌の予選レースのこと。オレたち北日本ラインは『小松崎大地-佐藤慎太郎-明田春喜』というライン構成だった。当時、大地は鳴り物入りでS級に上がってきていて、まくり選手が多かった北日本で数少ない『長い距離を踏める先行選手』ということで、大地と一緒にGIを戦いたいって熱望する選手も多かった。オレも親王牌で連係が決まった時、「大切に育てていかないとな」って思っていた。

小松崎大地選手(39歳・福島=99期)は四国アイランドリーグ・徳島インディゴソックスでプレーしていたプロ野球出身の競輪選手だ(撮影:島尻譲)

 レース前に大地と明田と作戦を立てていたんだけど、大地の要望は「スタートは前以外でお願いします」ってものだった。「けん制入ったらどうする?」なんて話もしたんだけど「大地の脚は温存しておきたいから、その時はオレたちが誘導を追わなくちゃならないな」なんてオレと明田は確認し合っていた。けん制が入った時に追い込み選手が誘導を追いかけるってのは良くある話で、前を走ってくれる選手への気遣いみたいなものなんだよね。

 それでいざレースが始まってみたら、スタートけん制が入った。どの選手も一向にスタートしなくて『大けん制』と言っていいほど、レースが動かなかった。前述した罰則(黄檗山の修行)のルールもなかった頃だから、ちょっとまずい状況になっていた。誘導員がみるみるうちに離れていって、1周してオレたちに追いついちまうんじゃねえか? って感じだった。

大地! 誘導を追え!

小松崎大地選手と佐藤慎太郎選手(撮影:島尻譲)

 さすがにオレもしびれを切らしそうになっていたんだけど、簡単には脚を使えないって葛藤があった。オッズとか印とかを気にして走っているわけではないけど、明らかに落とせないレースだった。それで明田に追ってもらうしかないって明田の方を見たら、あさっての方角を向いてて。追いたくないのはわかるけど、目線すら合わせないんかい! っていうね(笑)。

 いくら待ってもどうにもこうにも誰も出ていかないんで、いよいよ『オレたちが出ていくしかない!』って覚悟を決めて、オレは「大地! 誘導を追え!」って声をあげた。そしたら大地は「え? あれ? こういう場合は慎太郎さんたちが追ってくれるって話じゃ…?」って豆鉄砲食らったような表情を見せつつ「ハイ! わかりました!」って元気良く返事をしてから走り始めた。この大けん制の中で返事してから追い始めるって、当時の小松崎大地の素直さ・純粋さが尋常ではないことがわかるでしょう(笑)。

大地! 突っ張れ!

 それでスタートはしてみたものの、誘導員も規定タイムが決まってて待ってくれるわけじゃないから、全然追いつかなくて。「あーこれダメだわー」って感じの雰囲気。後ろから見てても「大地ももうさすがにヘロヘロだろうな」って思ったところで、やっと誘導員に追いついた。

 やっと誘導員に追いついたと思ったら、もう残りあと2周! オレは後ろから上昇してきそうなラインを確認していたから「大地! 一回突っ張れ!」って後ろから声をかけた。ヘロヘロだろうなってのはわかってたんだけど、そこは勝負なので仕方なし。そしたら大地は「ハイ! わかりました!」って返事してから突っ張った。わかりますか? このピュア成分が残っていた小松崎大地の素直さが。北日本には素晴らしい先行選手が出てきたなって心躍る瞬間だったよ!

 さすがに大地もう無理だろって感じだったし「次かましてきたら(相手ラインを)1つくらい出しちまえ!」って声をかけた。「ハイ! わかりました!」って大地も返してきてたし、オレたちはどっちかのラインが上昇してくるタイミングに備えた。オレも大地も頻繁に後ろを確認して声を掛け合って。で、結果的に誰も来なかった(笑)。オレの声が相手に聞こえていたのかもしれないし、もはや他のラインも面白がってたんじゃないかとすら思う。本当に大地がずっと前で消耗し続けて、律儀に「ハイ! わかりました!」って返事しながら気合いの走りを続けているわけだから。

大地! 駆けろ!

 スタートしてから一度も誘導員につくことなく、風を一人で全身に受け続けた小松崎大地。結局、大地がそのまま先行することになってしまった。それで誰も仕掛けないままジャン過ぎを迎えた。ここまで来るとやってもらうしかない。オレは声を張り上げた。「大地! いっちまえ! 駆けろ!」って。そしたら「はあーーーい!$▼&%●#?◎!!」って(笑)。

 これ今だからこのテンションで書いてるけど、レース中はオレも相当に慌ててるのよ。大地が一人でずっと前で頑張ってるわけで、『絶対残さなきゃいけない』ってプレッシャーは半端じゃなかった。こんな素直に頑張る若手選手は大切に育てなくちゃいけないのに、オレも明田もスタートを追わず、大地に追わせちまってるし、突っ張らせて駆けさせて、とんでもないわけで。結果はライン上位独占で決められたけど、本当に気が気じゃなかった。ネタはネタだけど冷や汗も出てくるよね。

あとがき 〜たくましくなった小松崎大地を目にするとき〜

6年前の親王牌で5周先行伝説を打ち立てた小松崎大地選手は2021年7月に200勝を達成した(撮影:島尻譲)

 これが北日本地区に未だに語り継がれる『小松崎大地の5周先行伝説』。大地もあれから成長して、若手をまとめるようになってきて「どう先行すれば勝てますか?」など質問を受ける側になっている。そんなとき「とりあえず5周先行してみようか!」なんてネタにしてる大地の姿を目にする。若手に先行の仕方を教えたり、5周先行伝説を自ら語ったりする大地を見ると妙に嬉しい気持ちになる。あの時の経験がしっかり肥やしになっているなって。たくましくなったなって。

 小松崎大地からすれば「慎太郎さんに使われるだけ使われた」って話かもしれない。でも大地が若手と5周先行伝説の話をしているとき、その背中を眺めながらいつもこう言ってるよ。「大地。オレはこうなることがわかってて、5周先行させたんだよ」ってね。それだけは今ここに伝えておこうと思う。ガハハ!

 さあ、とうとう弥彦の親王牌! 北日本一同、新しい伝説を作るべく気合十分でいってきますわ!

小松崎大地選手も佐藤慎太郎選手も出場する親王牌。弥彦を舞台に新たな伝説が生まれるかもしれない(撮影:島尻譲)

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佐藤慎太郎

Shintaro Sato

福島県東白川郡塙町出身。日本競輪学校第78期卒。1996年8月いわき平競輪場でレースデビュー、初勝利を飾る。2003年の全日本選抜競輪で優勝し、2004年開催のすべてのGIレースで決勝に進出している。選手生命に関わる怪我を経験するも、克服し、現在に至るまで長期に渡り、競輪界最高峰の場で活躍し続けている。2019年には立川競輪場で開催されたKEIRINグランプリ2019で優勝。新田祐大の番手から直線強襲し、右手を空に掲げた。2020年7月には弥彦競輪場で400勝を達成。絶対強者でありながら、親しみやすいコメントが多く、ユーモラスな表現でファンを楽しませている。SNSでの発信では語尾に「ガハハ!」の決まり文句を使用することが多く、ファンの間で愛されている。

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